2話
アリーセは老人から聞いたばかりの配達所を目指した。
彼女が無事に手紙を出せたのは、オヤツの時間を過ぎた頃だった。ホッと一息ついた途端、アリーセの腹が空腹を訴える。
「そうだ。ご飯」
気付いてしまうと、余計に腹が減る。周囲の生温かい視線に見守られながら、恥ずかしくなったアリーセは熱くなった頬を隠すようにその場を離れた。
一歩外に出れば、王都は賑やかな露店で溢れている。ユピトルでは花祭りの日にしか見ないような店が、そこかしこにずらりと並んでいた。
鼻腔をくすぐる焼き菓子や甘いフルーツの香りに誘われて、アリーセはふらふらと引き寄せられる。
これだ、と彼女が決めたのは、ハーブの香りが立ち込める、大きな鉄板の店だった。先ほど訪れた工房の香りが、鼻腔の奥に残っていたのかもしれない。
「熱いから気を付けて」
店主が差し出したのは、雪のように白いソーセージを挟んだ硬めのパン。薄皮にぎっしりと詰められた肉には、さまざまな香草や調味料が練り込まれているようだ。
「ん〜、いい香り!」
「そりゃあ、良かった。厳選されたハーブをじっくり堪能しておくれ」
「はい、楽しみです!」
未知の食べ物にワクワクするアリーセ。愛想良く代金を支払う少女に、店主は「見ない顔だね。観光かい?」と訊ねる。
勢いよくパンを頬張ろうとしたアリーセは、いえ、と小さく首を横に振る。そして、少し困ったように答えた。
「一年前にいなくなった師匠を探してまして。王都には知り合いの魔術師を訪ねに来たんです」
「ってことは、その師匠ってのも、魔術師なのかい?」
手際よく新しいソーセージを鉄板に並べる店主。撒かれた水が煙を上げながらじゅうじゅう跳ねている。
鼻先に熱気を感じながら、今度は首を縦に振った。
「はい、エヌマエルっていう魔術師なんですけど……」
知りませんか、とアリーセが訊ねようとした時だった。
「…………エヌマエル?」
隣の店で買い物をしていた少年が、怪訝そうに声を上げた。
アリーセが声の方を見る。銀色の髪に紫の瞳を持ち、アリーセよりも一つか、二つ、年上であろう男の子だった。
「お前、エヌマエル先生の知り合いか?」
不躾な少年の問いに、アリーセは目を光らせる。
「師匠を知ってるんですか!?」
「っ!」
飛びかかりそうなアリーセの勢いに、少年は思わずたじろいだ。
買い物袋を落とさないように抱え直す少年の姿に、アリーセはしまったと反省。逸る気持ちを抑え込むよう、慌てて姿勢を正す。
師匠の教えを胸に深呼吸を一つ。それから、ゆっくりと自己紹介を始めた。
「私、エヌマエル=グートハイルの弟子で、アリーセ=エアフルトと言います。あの、師匠のことで、少しお話を伺えたらと……」
「エアフルト…………ああ、お前が噂の」
「え、噂?」
物言いたげな少年の様子に、アリーセはオウムのように聞き返す。どんな噂だろうと視線で問う彼女に、少年はふっと揶揄うような笑みを浮かべた。
しかし、それには答えず、少年は荷物を片手で抱え直すと空いた手を差し出す。
「ロルフだ。精霊魔術師アルノルドの下で、魔性生物について学んでいる。……まあ、お前と同じで、見習い魔術師だよ」
「アルノルド様! お名前は聞いてます! 確か、師匠のご友人だとか、なんとか……」
ロルフの手を握り返し、アリーセはブンブンとその手を上下に振る。アリーセの勢いに押されながら、少年——改め、ロルフは「あ、ああ」と戸惑ったように頷いた。
店前を離れ、二人は近くの立ち食い用のテーブルに寄った。
まずは腹ごしらえをしようと、熱々のソーセージに歯を立てる。薄皮の中から肉汁が溢れ出し、アリーセは悲鳴を上げた。
「あっあふっ……あっふい!」
鈍臭いなあ、とボヤきながら、ロルフはポケットからハンカチを取り出そうとする。アリーセは慌てて自分のがあると身振り手振りで示し、ごそごそとカバンを漁った。
刺繍の入ったリネンの布で口元を抑え、ふうふうと熱気のこもる息を吐く。じんわりと涙が滲んだ。
ロルフおすすめの炭酸ジュースで口内を冷やし、ようやく食事を終えたアリーセ。ベトベトになった手を拭いながら、本題へと移る。
一通り話を聞き終えたロルフは、ふむ、と顎を掴んだ。
「あのエヌマエル先生が行方不明、ねえ」
「はい……何か知っていたらと思い、師匠のお知り合いを訪ね歩いているのですが」
正直当てもなく、と言うと、彼も困ったように唸り始める。ロルフにも心当たりがないらしい。
どよんとした空気が二人の間に流れた。しかし、すぐに、あ、とロルフが何かを思い出す。
「そういえば、二年ほど前にエヌマエル先生がウチに来たな。なんでも、ウチの先生に話があるとかで」
「本当ですか!?」
「ああ、何を話してたかまでは知らないけど、一晩中話して……翌日に発って行ったよ」
アルノルド先生なら何か知ってるかも。
そう言ったロルフの言葉に、アリーセは飛び跳ねたいほどの喜びを覚え、さっそくアルノルドを訪ねることにした。
アルノルドは王都から四半日ほど離れた森に住んでいる。まだ買う物があると言うロルフと別れ、アリーセは一旦宿に戻った。
預けていた荷物を受け取り、待ち合わせの西門に向かうとロルフは既に待っていた。大きな荷物を背負い、簡素なこぶ付きの杖を手にしている。
「来たか。じゃあ、行くぞ。ぐずぐずしてたら、あっという間に日が暮れちまう」
カンッと杖で地面を叩き、そのまま彼は杖を支えに歩き出した。




