27話
アルノルドとヨハンナからも受け取った二枚のリストを並べながら、アリーセはあちこちを訪ね歩いた。
遺跡発掘の調査隊がいる街や、古代魔術を齧ったことのある魔術師。魔具に関する論文を記した学者、魔具の売買をした事がある骨董商。
しかし、いずれも詳しい事は何もわからなかった。
二人の名を知っていても、それ以上の話は聞けず、アリーセはがっくりと肩を落とした。
「……どんどんユピトルから離れていくなぁ」
『次はどちらに向かわれるのですカ?』
えっと、とリストと地図を見比べ、アリーセは北を向く。
「次は……ブルースト村かな」
『ブルースト村。アリーセの歩く速度なら徒歩で八日、馬車に乗れば三日ほどで着きまス』
「そんなにかかるの……」
不安そうに視線を落とすアリーセ。そんな彼女の背に、大きな手をそっと寄せたヘルツ。体をかがめ、無機質なレンズでアリーセの顔を覗き込んだ。
『大丈夫。どんな場所であろうと、私は貴女の側にいまス』
私はそう作られましたかラ、と告げるヘルツに、アリーセは小さくはにかんだ。
確かにヘルツと旅を始めてから今日まで、以前のような孤独感に襲われることは少なくなった。特に、陽が落ちてから訪れるどうしようもない心細さは、ここ何日も感じていない。
言葉の通り、いつもヘルツが隣にいてくれたからだ。
アリーセは背筋を伸ばし、顔を上げる。視界に広がるのは、どこまでも遠い地平線。アリーセの足元から続く一本の道は、その先へと向かっている。
青い空と緑の草原。その境に向かって伸びる一本の小道を、少女とゴーレムは静かに歩き出した。
街道に出た後、いくつもの辻馬車に追い越されながら二人の旅は続く。
ゴーレムの中では決して大きい方ではないヘルツ。しかし彼の重みを案じたアリーセが、馬車を壊しては悪いと乗車を避けたのだ。
故に二人の旅は、その道程の殆んどが徒歩だった。幼い少女の後をのんびり歩きながら、ヘルツはガチャガチャと足を進めた。無機質なレンズの中に灯る、赤い光で少女の背を見つめながら。
それから、約一週間。ようやく一人と一体は、目的地から一つ前の村に到着した。
歩き通しだったアリーセは、すっかりくたびれた足を投げ出して、宿の椅子に座る。
夕食を終え、後はもう寝るだけだ。大きなあくびを一つ落とすアリーセに、ヘルツは『もう休んだら如何ですカ』と訊ねた。
「そうだね。今日は疲れたし、早めに休むよ」
『はイ。おやすみなさイ、アリーセ』
硬いベッドに寝転ぶと、ヘルツが肩まで布団をかけてくれた。彼はそのまま部屋の隅で小さく座り込むと、すぐに赤い光が明滅し、その色を落とす。
少女の寝息以外は何の音もしない部屋の外で、静かに大人たちの時間が始まった。
窓ガラスの向こうではしとしとと小雨が降り始め、夜の村を物憂げに染める。そんな雨を肴に、大人たちは酒と言葉を酌み交わしていた。
「なあ、知ってるか。今日、うちの宿に泊まったお嬢ちゃん……ブルーストに行くんだと」
「ええ? あんな場所に、一体何の用だってんだ?」
「なんでも人を探しているらしい。魔術の先生だか何だかって言ってたような……」
「おいおい、もう酔ったのか? 魔術師を探してるんなら、尚更あの村に用はないだろ。だってあの村は……」
男の声は、喧騒の中に消える。飛び交うのは注文の声や酔っ払いの笑い声ばかり。束の間の休息で、大人たちは一日分の労働を癒す。
もう暫く経てば、この喧騒も宵闇の中に消えていくだろう。家路を辿りながら、今日もよく頑張ったと火照った体を優しい雨で冷やすのだ。
間も無く冷たい雨も上がるだろう。朝に目覚めた子どもたちが、いつでも駆け出せるように。
翌朝、澄んだ空気の中、アリーセはブルーストに向けて歩き出す。ブルースト村は深い森に囲まれており、どの方角から向かおうと薄暗い森を抜けなければならなかった。
昨晩の雨が道を泥濘ませているから気を付けるように、と言ってくれたのは、恰幅の良い宿屋の奥さんだった。貰った弁当を食べながら、アリーセは鬱蒼とした森の中で泥だらけになった自分のショートブーツを見下ろした。
「帰ったら、洗わないとね」
『乾かしてから落とすト、泥は綺麗に落ちまス』
「そうなんだね……って、ヘルツも洗わないとだね。隙間に泥が入り込んでるよ」
ふふ、と小さく笑うアリーセ。そんな彼女を、ヘルツは物珍しそうに見る。
アリーセが、旅を終えた後のことを口にするのは初めてだった。
ヘルツがその珍しさに触れると、彼女はポッと頬を染める。もじもじとはにかみながら、アリーセは「だって」と恥じらうように帽子を深く被り直した。
「師匠に貴方をなんて紹介しようかって考えてたら……帰るのが楽しみになっちゃって……」
『アリーセ……』
ヘルツが珍しく言葉に詰まる。言葉を発しようとすると、魔具核の辺りが熱を持つような気がした。
そんな相棒に気付くこともなく、アリーセは慌てて苔生した岩から飛び降りると、置いていた荷物を抱え直す。
「さあ、ブルースト村はもうすぐだよ。食休みも取ったし、もう行こっ!」
『……えエ、そうですネ』
ずんずんと泥を跳ねさせながら歩を進めるアリーセ。そんな彼女が転ばぬよう、ヘルツは支えるように手をかざし歩いた。




