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今は亡き貴女に、花束を  作者: 桜庭
第三章 魔女の住まう森

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26話

 ヨハンナの語るエヌマエルの姿は、アリーセの知る人物と決して相容れないものだった。

 

「アイツはねぇ! ちょぉおおっと自然との結びつきが強いからって、人のことを見下しすぎなのよ!」

 

「え、でも……師匠は『自然との結びつきの強さは、魔術の才であっても、魔術師の才ではない』と仰ってましたが……」

 

「そんなの、愛師匠(まなししょう)や愛弟子のための建前に決まってんでしょうがっ! 絶対、本心じゃないわよ!」

 

 俄には信じがたい、と眉を顰めるアリーセに、もう何度目になるかわからない「だいたいアンタはねぇ!」が始まった。

 酒で目がボヤけているのだろう。ヨハンナの目には、時折アリーセがシャルロッテに映るようだ。

 

 そんなに似ているのだろうか、と二つに結えた髪の先を、くるくると指に巻きつけて遊ぶ。

 少し前までなら、偉大な母に重ねられることを誇らしく感じただろう。同時に、小さじ一杯分の後ろめたさも。

 

 だが、ヨハンナの叫びを聞いた後だからだろうか。アリーセは何も感じなかった。

 

 自分の思う母の姿は、エヌマエルの見た母の姿だった。完璧で、最高の魔術師。しかし、モーゼスの知る母はもう少し幼く、人間らしい。少女のように純真な、才能溢れる魔術師。

 

 そして、ヨハンナの語る母は——どうしようもなく、駄目な人間だった。時間にルーズで、だらしなく、子供のような破天荒さを備えた、ただの人だった。

 

(魔術師の在り方だけじゃない。お母さんの姿も、師匠の話とはちぐはぐだ)

 

 アリーセは頭の中でぐるぐる考えた。もし、ヨハンナの見解を真っ先に聞いていたら、アリーセは強く反発しただろう。

 しかし、ヴェンヌズでの事件が、モーゼスの語る母が、少しずつ……アリーセの中の母親像を崩していた。


 そういえば、と思い立ち、アリーセはヨハンナの名を呼ぶ。くぐもった彼女の返事は、今にも眠ってしまいそうな声だった。

 

「お母さんは、新魔術派だったんですか?」


「はぁ〜? なぁに、急に?」


 眉根を寄せるヨハンナに、アリーセはヴェンヌズでの出来事をかいつまんで話した。ふんふんと頷きながらグラスを傾けていた彼女は、突然ハンッと鼻を鳴らす。


「なんとか派だとか、かんとか派だとか……アンタのママが一番縁遠い言葉ね」


「え……」


 予想だにしていなかった言葉に、思わず聞き返すアリーセ。しかし、ヨハンナは言葉を繰り返すこともなく「まあ、わかんないけど」と切り捨てるように言った。

 

「あの子が何を考えてたかなんて、知ったこっちゃないわよぉ」


「そ、うですか……」

 

「でも、その話は気になるわねぇ。……保守派が魔具核を、ね……」


 ポツリと呟くヨハンナ。酒気でぼんやりとしていた目が、一瞬だけ王宮魔術師らしい真剣さを帯びる。

 しかし、アリーセが再びヨハンナの名を呼んだ時には、彼女は元のへべれけに戻っていた。


「まあ、こっちでも調べてみるけどねぇ〜……でも、何年も前に辞めた魔術師のことなんて、大した記録も残ってないと思うわよ」


「え、あっ……はい。あの、ありがとうございます。……なんでもいいんです。今は、その……師匠に繋がるなら」


 母のことが気になりつつも、アリーセの本来の目的はエヌマエルだ。

 改めて頭を下げる少女に、ヨハンナは「そ」と短く返事をした。


 

 

 気が付けばヨハンナはテーブルに突っ伏し、すうすうと寝息を立てていた。アリーセはゴミ溜めの中から使えそうな毛布を引っ張り出し、軽く払ってからかけてやる。

 

 このまま彼女を介抱しても良かったが、外にヘルツを待たせている。大きく重量のある彼が入ったら家が崩れそうなので、外で待機して貰っていたのだ。

 手をつけていないコーヒーはすっかり冷め、アリーセは少しだけ申し訳なさが湧いた。

 

 軋む扉を押し開け、そのまま家を出ようとした時だった。

 

「ちょいとお待ち」

 

 ここ数時間で聴き慣れた声が、アリーセの足を止めた。

 くわ、と大あくびを落としたヨハンナが、床に落ちていた杖を拾う。杖先でコンコン、と床板を叩くと、どこからともなくネズミがわらわらと現れた。

 

「ひぃっ……!」

 

「大丈夫、大丈夫。噛み付きゃしないから」

 

 大量のネズミが、狭い室内を縦横無尽に駆け回る。すると、どこからか一枚の封書を咥えたネズミが数匹、ヨハンナの手元まで登ってきた。

 

「ああ、あった。……はい、これ。持ってきな」

 

 部屋に戻り、封書を受け取るアリーセ。説明を求めるように視線を向けると、彼女は再び大あくびを落とす。

 それから眠たそうな翠の目で「アンタの旅に役立つもの」と言った。

 

「何年か前だけど、坊やが古代魔術の資料を集めてるって聞いたのさ。もしかしたら、坊やならシャルロッテの行方も知ってるかもね」

 

「……いずれにしても、まずは師匠を見つけなきゃなんですね」

 

「そういうこと。というわけで、古代魔術に関する施設のリストと、宮廷魔術師からの入所許可証。アタシからはもう再発行できないから、大事になさい」

 

 はい、と大きく返事をし、アリーセは封書を鞄の奥底にしまった。顔を上げると、ヨハンナはすでに寝息を立てている。

 アリーセは音を立てないよう気を付けながら、深々と頭を下げ、今度こそヨハンナの家を後にした。


 



 

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