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今は亡き貴女に、花束を  作者: 桜庭
第三章 魔女の住まう森

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24話

 中心街に入り、最初にアリーセが向かったのは、手紙をくれた魔術師のところであった。


 ヘルツはシャルロッテとの接触を推奨したが、アリーセにも通すべき礼儀がある。

 本来ならば何ヶ月もかかる筈の審査が数日で済んだのは、通行書を送ってくれた魔術師のおかげだ。きちんと礼を言わなければならない。

 

 そういうわけで、アリーセは城壁から数キロ離れたエリアに立っていた。

 送られてきた手紙の住所と、目の前の建物を見比べるアリーセ。恐る恐る、ヘルツに問いかけた。

 

「ここ……だよね?」

 

『はイ。記された住所と一致していまス』

 

 アリーセが戸惑うのも仕方がない。彼女が辿り着いたのは、今にも崩れそうなボロボロの平家だった。

 

(……ここ、中心街だよね?)

 

 彼女が疑うように、その平家を除いた住宅はいずれも大豪邸。土地代だけでも、アリーセが何十年も働いてやっと手に入れることのできる額だろう。

 

 そんな大邸宅に囲まれた、場違いな家。壁は朽ち、トタンの屋根は錆だらけ。くすんだ蔦があちこちに絡み、手入れがまるで行き届いていない。

 本当にここかと、アリーセが疑ってしまうのも無理からぬことだ。

 

 しかし、いつまでも迷っているわけにはいかない。アリーセは意を決して、色褪せた木の扉をノックした。

 

『………………応答なシ』

 

「お留守かな?」

 

『室内に生体反応有リ……強行突破しますカ?』

 

「しないよっ!?」

 

 おっかしいなぁ、と首を捻りながら、何度も封筒の裏を確認するアリーセ。

 当然、書いてある文字に変化はない。現在地を示す住所に『ハンネ』という短い走り書きの名前が——女性らしい、柔らかい線で描かれていた。

 

 出直すべきか否か逡巡していると、突然、カリカリと扉を引っ掻く音が聞こえた。十センチほど開いた隙間から顔を覗かせたのは、一匹の黒猫だ。

 わ、とアリーセが声を上げるや否や、猫が室内に向かってにゃあと鳴く。

 

 途端、何かの倒れる音がした。

 

「な、何事ーっ!?」

 

 思わず扉を勢いよく開けたアリーセ。途端、むわっとした異臭が広がる。中に広がっていたのは、とんでもない汚部屋だった。

 

 板の打ち付けられた窓に、役目を果たしていない吊りランプ。真っ暗な室内で、大量に転がる酒瓶。詰まれた本や紙束には、茶色いシミができており、紙が皺々になっている。

 口の閉じた特大のゴミ袋が三つに、開いたのが二つ。どれもパンパンに物が詰め込まれている。

 

 そして、おそらく先ほどの音はコレだろう。倒れた止まり木とひっくり返った餌の器。

 その近くで、一人の女性がうつ伏せになっていた。広がる真っ赤な髪を見た時、アリーセの顔は一気に青ざめた。

 

「だだ、大丈夫ですか!?」

 

「あいたたた……起こし方が少し乱暴に過ぎやしないかい?」

 

 彼女はゆっくり体を起こしながら、女性にしては低い声で言った。困惑するアリーセの傍に、バサリと羽音を立てて止まったのは一羽の大鴉だった。

 

「ひゃあ!」

 

「ああ、驚かなくていい。余程のことがなけりゃ、突いたりはしないさ」

 

 髪を掻き上げ、気だるげに言った彼女は、ふと気付いたようにアリーセを見る。そして、ぱちくりと目を瞬き、不思議そうに言った。

 

「…………誰だい、アンタ?」

 

 ガクッと肩を落とすアリーセ。すっとぼけたことを言った本人はぐびぐびと水を飲み、さっさとカーテンを開けに行ってしまった。

 

 部屋を明るくし、テーブルと椅子をゴミ山から発掘した後、ようやく二人は向かい合わせに座った。もちろん止まり木も起こし、餌入れには新しい菜っ葉と水が入っている。


 女性はからからと屈託なく笑い、アリーセに淹れたばかりブラックコーヒーを差し出す。

 

「いやあ、悪かったね。昨日はちょいと深酒しちゃって……客にも気付かなんだ!」

 

「い、いえ……」

 

「モンドとテルンもありがとね。起こし方は雑だったが、おかげで目覚めスッキリさ」

 

「……目覚められて良かったです、本当に」

 

 当たりどころが悪かったら……と思ったが、アリーセはすぐに考えるのを止めた。

 

 それよりも、と目の前に座るラフな格好の女性を見上げる。

 燃えるような赤い長髪に、垂れ気味な翠の目。控えめに置かれた右の泣きぼくろが、快活な彼女を少しだけ蠱惑的に見せている。

 

 彼女の名はヨハンナ=ローレ=マーリン。

 アリーセに手紙を寄越した人物であり、アリーセの知る数少ない宮廷魔術師の一人だった。

 

「ハンネでいいよ。アンタの母さんも、エヌマエルの坊やもそう呼ぶからね」

 

 ぐいっと開けたばかりのワインを飲みながら、ヨハンナは言った。

 

「は、はあ……では、ハンネ様。まずは中心街への紹介状、ありがとうございました。本当に助かりまして……」

 

「あーあー、そういう堅苦しい挨拶は王宮だけで十分さ。本題に入っておくれ」

 

「え、ええ……? で、では……師匠——白魔術師エヌマエルの件で伺ったのですが……」

 

「ああ、そのことね。ハイハイ、事情は手紙で読んだよ。返事が遅れて悪かったね。そこいらの山に埋もれてて、気付かなんだわ」

 

 やはり快活に笑うヨハンナ。その合間にも、ワイングラスの中身は見る見るうちに無くなっていく。凝視する視線に気付いたのか、ヨハンナは「アンタもいるかい?」と聞き、アリーセは慌てて首を横に振った。

 二杯めを注ぎながら、彼女は赤ら顔で話を戻す。

 

「残念だけどね、坊やのことはよく知らんよ。数年前に訪ねてきたきりで、それ以来音沙汰がなくてね」

 

「そうでしたか」

 

「まあ、あの坊やのことだから、早々のたれ死んだりはしないさ。それより、この後はどうするんだい?」

 

 意気消沈するアリーセに、ヨハンナは赤ら顔で問いかける。呆れた顔の黒猫——モンドが無言で水の入ったグラスを押し出した。が、ヨハンナは手をつける様子はない。それどころか、アリーセから微塵も視線を逸らさなかった。

 アリーセが戸惑いながら、えっと、と言葉を紡ぐ。

 

「どうやら、師匠の目的が母の研究にあるようなので……一度会いに行ってみようかと……」

 

 口籠もりながら、続けて母の居場所を訊こうとしたアリーセ。しかし、返ってきたのは意外な言葉だった。

 

「シャルロッテ? あの子なら、何年も前に宮廷魔術師を辞めたけど?」

 

 さらりと放たれた言葉に、アリーセは思わず絶句した。





 

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