20話
通りを曲がると、昨日の少年が道の真ん中できょろきょろとしていた。目が合うと彼は見つけたと言わんばかりに声をあげる。
「おい、お前!」
ズカズカと近付いてきた少年は、その勢いのまま、短い指先をアリーセの鼻面に突き付けた。
そして「お前、錬金術師だろ!」と声を張る。
「魔術師だよ!? 見習いだけど!」
「じゃあ、何でゴーレムなんか連れてるんだよ! 錬金術師が作るやつだろ、それ!」
隣に立つヘルツを見上げ、アリーセは「人から譲り受けたのよ」とボソボソ答えた。
怪訝そうな顔をした少年は「本当に魔術師なのか?」と問うので、再度「見習いだけどね」と付け足した。
そうか、とどこか勝ち誇った様子で笑った少年。突然、彼はアリーセの手を掴む。
「なら、もっといいや。ちょっと話を聞いてくれよ!」
「え、ええええ!?」
少年はぐいぐい走り出す。手を引かれるまま、アリーセは昨日の邸宅の前まで走らされた。
そして、少年は唐突に言った。
「俺を弟子にしてくれ!」
ハンスと名乗った少年。
そんな彼の無茶振りに、アリーセは目を白黒させた。脳内ではどう断ろうかと、言葉がぐるぐる回る。
残念ながら、魔術師はなろうと思ってなれるものではない。生まれ持った才がいる。
では、眼前の少年にその資質があるかどうかだが……これだけの魔術師が街にいて、この歳になっても声が掛かっていない。それが答えだった。
しかし、そんな残酷な現実を告げる勇気を持てなかった。
仕方なく、アリーセは己が見習いであることを理由に断る。規約により弟子は取れないのだ、と。
ハンスは肺の中身を全部吐き出すようなため息を吐いた。
「なぁんだ……つまんねぇの」
「ご期待に添えなくて、ごめんね」
両手を邸宅前の鉄柵に預け、白い敷石の上に底のすり減った靴を投げ出すハンス。危なげな彼をハラハラとした気持ちで見つめつつ、アリーセは両手に持った杖を固く握る。
「その代わりと言ってはなんだけど……もし、私にできる範囲で良ければ、話を聞くよ」
じとり、と人を信用していない目が、アリーセを見つめる。
「……いーよ、別に。俺、金ないし」
「なら、尚更私がオススメだよ。ちゃんとした魔術師にお願いしたら、高くつくかもだし」
私は見習いだからタダ、と言うと、ハンスの目がぱちくりと瞬いた。それからまじまじとアリーセの深緑を見返し、しみじみと呟く。
「お前、変な魔術師だなぁ」
「いきなり弟子にしろって言う子供よりマシだよ……」
心外そうなアリーセに、ハンスは少し心を開いたようだ。さすがにタダは悪いよ、と殊勝なことを言う。
「今は手持ちがないから、後払いにさせてくれ」
「う〜ん……あっ! じゃあ、用が終わったら王都を案内してよ。それでどう?」
交渉成立、と歯を見せて笑ったハンス。ひょいっと鉄柵から手を離し、顎で目の前の豪邸を指した。
改めて見ると、本当に大きな家だった。青い屋根に白い壁。窓は大きく、出窓には色鮮やかな草花の鉢が飾られている。
ハンスが寄りかかっていた鉄柵で守られていた花壇にも、色とりどりの花弁が並んでいた。几帳面な家主の仕事だろうが、花殻ひとつ落ちていない。
「ここ、友達ん家なんだ」
友人はゲルダという名の女の子で、体があまり丈夫でなかった。
初めて出会った時も、彼女は一人、街の外れで歩けなくなっていたそうだ。偶然彼女を見つけ、医術師——いわゆる、医療を専門とする魔術師——の元へ連れて行ったハンス。
それ以来、ハンスとゲルダは一緒に遊ぶ仲になった。
しかし、
「ゲルダの母ちゃんは、俺みたいな貧乏で汚いガキが、ゲルダと遊ぶのが嫌なんだ」
「そんな……ハンスがいたから、ゲルダは助かったのに?」
アリーセの問いに、ハンスは「そんなの関係ねぇよ」と吐き捨てるように言った。
「ゲルダの母ちゃんからしてみたら、助けてくれたのは医術師だ。俺じゃねぇ」
でも、とアリーセは顔を顰める。が、ハンスはそんなのどうでも良さそうだ。悲しい顔のアリーセにふんっと鼻を鳴らす。
「それでも、ゲルダは母ちゃんの目を盗んで、俺に会いに来てたんだ。……つい、この間まで」
ゲルダはある日突然、パッタリと来なくなった。
いつも遊んでいた広場にも、二人でこっそり見に行った排水路にも、隠れて登った公園の木の上にも、ゲルダは来なかった。ハンスは何日も待ったが、ゲルダは結局一度も現れなかった。
「だから、会いに来たんだ。もしかしたら、あの意地悪な母ちゃんに閉じ込められてるのかもって」
「それで……窓に石を?」
「バッカ! そんなわけないだろ!」
真っ青な顔のアリーセの肩を、ハンスはポカリと殴った。痛い、とアリーセの悲鳴が上がる。
『暴力、非推奨』
「う、うわあ! 何だよ急にっ!」
「きゃあ! へ、ヘルツ!? 駄目よ、下ろしてあげて! ハンスを持ち上げちゃ駄目!」
突然ハンスを抱えたヘルツに、アリーセは慌てて制止をかける。
肩の高さまで腕を上げていたヘルツは、ゆっくりとハンスを白い地面に下ろした。ドッと冷や汗がハンスの全身を伝う。
「ごめんなさい、ハンス! 怪我はない?」
「だ、だいじょうぶ……ちょっと、ビックリしただけ……」
先ほどのアリーセよりずっと青い顔をして、ハンスは胸元を抑えた。心臓の音が、隣にいるアリーセにまで聞こえてきそうだ。
そんな騒ぎを聞きつけたのだろう。突然、バタンッと大きな音を立てて、玄関の扉が開いた。
中から出てきたのは、神経質そうな顔付きをした痩せ型の女だった。腰の細いシンプルなワンピースを身につけた三十代ぐらいの女は、じろりとアリーセたちを睨みつける。
「人の家の前で、なんですの?」
「ご、ごめんなさいっ!」
慌てて頭を下げるアリーセとヘルツ。しかし、そんな二人には目もくれず、彼女は傍らのハンスを見咎める。
「この家には近付かないように、と以前言ったはずだわ。貧民街の子が、何をしに来たのかしら?」
ヒヤリとした声が、アリーセの心臓をキュッと締め付けた。




