18話
アリーセは、新たな旅の仲間に『ヘルツ』と名付けた。良い名だとモーゼスも笑い、アリーセは誇らしげに隣人を見上げる。
「シャルロッテに会ったら、『また酒でも飲もう』と伝えるんじゃぞ」
『かしこまりましタ』
最終調整のおかげか、ヘルツはだいぶ流暢に喋るようになった。満足そうに頷いたモーゼスがアリーセを向く。
「これから街道を通って、王都に戻るんじゃな?」
「はい。もしかしたら、手紙の返事がきているかもしれないので」
そうか、と頷く声はどこか寂しそうであった。
しかし、すぐにその感情を奥底にしまうと、モーゼスは旅立つ若人の背を力一杯押す。
「それじゃあ、精霊の導きが多からんことを!」
「はい、たくさんお世話になりました。ヘルツのことも、母のことも、ありがとうございます!」
精霊のご加護があらんことを、といつもの挨拶を口にし、アリーセは王都への路を戻り始める。
行きにはなかった、ガチャンガチャンという機械音が、アリーセの不安を小さく踏み潰してくれるようだった。
アリーセたちが王都に着いたのは、夜更けだった。
街に入るための門は固く閉じられ、翌朝を待たなければならなかった。野宿か、と肩を落とすアリーセを、ヘルツは不思議そうに見つめる。
翌朝、二人は厳重な検問を受け、やっとの思いで王都に入る。大きくて音の出るヘルツはとても目立ったが、特に文句を言われることもなかった。
「ぶわぁああ……つっかれたぁ……!」
大きく肩を落とすアリーセに、ヘルツが『お疲れですカ? 宿を取りますカ?』と問いかける。アリーセは慌てて首を横に振る。
「これから配達所に寄って、手紙の返事が届いていないかを確認するの。宿はその後だよ」
『了解。最優先事項:郵便物の確認』
点滅するヘルツの目に、アリーセは乾いた笑いを浮かべる。初めて触れたゴーレムの反応に、戸惑いが隠せなかった。
配達所に着くと、大きなヘルツを外に残し、所内へ進むアリーセ。
受付で問い合わせると、台帳を確認した職員がアリーセ宛ての配達物を探しに行った。そわそわと、胸の高さまであるカウンターに手を乗せて待つ。
その目の前に一通の手紙が差し出された時、少女は金色の髪が跳ねるほど、飛び上がった。
「て、ててて、てっ……!」
『テテテテテ……?』
配達所から飛び出すなり、言葉にならない声を発するアリーセ。そんな彼女を真似ながら、ヘルツはふたまわりも大きな頭を傾ける。
ごくりと生唾を飲み込んだアリーセは、なんとか言葉を絞り出した。
「手紙、来てた……っ!」
アリーセが差し出したのは、白い簡素な封筒だった。
表にはアリーセの名前と配達所の住所。そして、裏には書き殴るような字で書かれた氏名と、葡萄を模した封蝋が押されている。中身は中心街への案内状が一枚だけだった。
「どど、どんな人だろう……? 確か、この人も宮廷魔術師だった筈だけど……ああ、でもお母さんに会うよりは気が楽かも……」
コロコロと表情を変えるアリーセに、ヘルツはやはり不思議そうに訊ねる。
『シャルロッテも同じ宮廷魔術師でハ?』
う、と言葉に詰まるアリーセ。そろそろと傍らの巨体を見上げ、むくれるように下唇を突き出した。ますます混乱するヘルツ。少女が何故、そんな反応を示すのか、全く理解できない。
ややあって、アリーセが小さな声で答える。それは、どこか拗ねたような、子供の声だった。
「お母さんだって、もう十年以上会ってないもの。今更……どんな顔して会っていいか、わかんないよ」
ふいっと顔を背けてしまえば、ヘルツからアリーセの顔は見えない。幅広い帽子のつばで、顔がすっぽり隠れてしまうからだ。
赤い光の目が明滅する。突然黙り込んだ鉄人を、アリーセは恐る恐る見上げた。
『よく、わかりませン』
「…………はあ」
大きく肩を落としたアリーセ。固い大きな手を握ると「行こうか」と困ったように笑った。ヘルツは引かれるまま、ゆっくりと歩き出す。
アリーセが向かったのは、中心街に入るための検問所だった。
王都エルデーアは、いわゆる城塞都市である。城を中心に、二重の城壁が街を取り囲んでいる。その中で中心街——別名、貴族街とも呼ばれる場所は、城と共に二つ目の城壁の中にあった。
今回手紙をくれた魔術師は、その中心街に住んでいる。
警備員に案内状を差し出すと、彼は書状の検証に二日程かかることを告げた。
本来数ヶ月かかる検問が、たったの二日間へ短縮されたことに、アリーセは驚きが隠せない。目をまん丸くさせながら、よろしくお願いしますと深く頭を下げた。




