16話
「し、新魔術……?」
初めて聞く単語に、言葉を失うアリーセ。差し出された手と、青年の顔を交互に見比べた。
「何だ、知らないのか。不勉強だな。……それとも、都合が悪いからと、教会の奴らが教えていないのか?」
青年は伸ばしていた手を下ろし、腰に当てた。呆れたようにため息を吐き、どこか自慢げに話し始める。
「魔術とは、精霊——ひいては自然との調和のもとに生まれる奇跡の御業だ」
故に自然との繋がりの強さが、そのまま魔力の高さと言える。それは、アリーセもよく知るところだった。
「しかし、一度その理は乱された……魔具という愚かな道具によって……!」
青年は固く拳を握る。小さく震える拳から怒気を感じ、アリーセは小さく身を縮こませた。
その様子に気付いたのか、彼はほんの少しだけ表情を緩め、再び不敵な笑みを浮かべる。
「魔具は一度滅んだ。世界にいらないとされたからさ。……だというのに、その魔具を、再びこの時代に甦らせようとしている馬鹿どもがいる——それが、新魔術派だ」
淡々とした声に緩められた表情。しかし、未だ固く握り締められた拳から、彼の抑えきれない怒りが感じられた。
どうして、と問うのは簡単だ。だが、踏み込んではいけないような気がしたアリーセは、静かに唇を噛んだ。
代わりに一つ、別の質問を口にする。
「それなら、どうして魔具核を盗んだの?」
彼らがただのケチな盗人でないことはわかった。ならば、尚更わからない。何故、彼らは自身が嫌悪する魔具の要を盗んだのだろう。彼らにとっては無用の長物なはずだ。
アリーセの問いに、青年は面食らったようだ。そこで初めて彼の饒舌は止まり、思案するように眉根を寄せた。
短い沈黙の後、青年が「それは……」と何かを語り始めた時だった。
粉塵が舞うほどの轟音が響き、廃墟が大きく揺れた。つんのめるアリーセを見て、青年は大声を上げる。
「何だっ!? 何があった!」
「ベリエスっ! 魔術師たちだ、囲まれている!」
何だって、と目の前の青年が声を上げる。バッと彼の視線がアリーセに向くが、彼女は何も知らない。フルフルと首を横に振り、自分たちと一緒になって驚く少女に、青年は舌打ちをした。
「すぐに逃げるぞ! 俺が魔術で逃げ道を確保する。お前らは荷物を持って、早く行け!」
仲間に檄を飛ばす青年。仲間たちの足音が、頭上からバタバタと聞こえた。
仲間を守るためだろう。外の魔術師に応戦しようと動き出す彼を見て、アリーセは今だ、と確信した。
彼の意識が自分から逸れたその一瞬、大きな一歩を踏み出し、距離を詰める。
そして、
「自分の大切なものは守れるのに、人のものは大事にできないのね」
大きく振りかぶった長杖。その半円を描く杖先で、アリーセは力いっぱい青年の頭をぶん殴った。
「なっ……うぐっ!」
呪文を唱える間も無く受けた衝撃に、青年の体が大きく傾く。
油断をしていたとはいえ、小さな少女の力だ。それほど大きな痛みではない。しかし、彼の意識が外と中の敵で揺れるには十分な威力だった。
どちらの敵に対峙すべきか、その迷いが、青年の大きな敗因となった。
どかどかと踏み入る大人たちの足音。逃げ出した若者たちの声が外から聞こえたが、すぐに静かになった。アリーセの前に幾人もの魔術師が並び、最後に見慣れたカーリンの姿がゆっくりと入ってくる。
「やれやれ……君はもう少し賢い子だと思っていましたよ」
面倒臭そうにため息を吐きながら、彼は青年の捕縛を指示する。廃墟の中で、青白いカーリンの顔はますます不気味に映った。
どうやらカーリンは、アリーセが工場を飛び出してすぐ、近隣の魔術師に白鳩を飛ばしたらしい。アリーセのように足ではなく、魔術でもって痕跡を辿った専門家の仕事はアリーセが思うよりもずっと迅速だった。
「怪我はありませんか?」
「……はい」
カーリンの優しい問いが、今はただ己の羞恥を掻き立てた。
ちくしょう、と子供のような怒号が響いたのは、そんな時だった。
頑丈なロープで捕縛された青年が、噛み付くように吠えていた。血走った目が、虚ろなカーリンの顔を睨み付けている。アリーセと話していた時とは、まるで別人のようだ。
「何が古代魔術師だっ! 何がゴーレムだっ! あんなの、ただの兵器じゃねぇか!」
声高に叫ぶ彼を、カーリンはガラスレンズの向こうから冷めた目で見つめる。
「彼は?」
興味なさげな声に、アリーセは青年が保守派を名乗っていたことを告げる。ああ、と得心がいったと言いたげな声で、カーリンは頷いた。
「人類の発展に臆する、憐れな浅学者どもですか」
その言葉に、彼はますます逆上する。
「ふざけるなっ! 何が人類の発展だ! お前ら魔術師が新魔術なんて生み出すから、俺たちの村は滅んだんだろうがっ!」
堰を切ったような叫びは止まらない。
かつて新魔術派が強行した魔術実験の現場として、彼の村が選ばれたこと。
古い魔術師の家系だった青年の一族が、保守派の反乱分子として槍玉に挙げられたこと。
そして、その指揮を取っていたのが、古代魔術師であったこと。
そんな恨みつらみが、青年から口汚く吐き出された。あまりのことに、言葉を失うアリーセ。
真正面から非難されたカーリンの様子をうかがうと、彼は酷く冷たい——侮蔑の視線を彼に向けていた。




