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今は亡き貴女に、花束を  作者: 桜庭
第二章 母の面影と手紙

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15話

 モーゼスから犯人像を聞いたアリーセは、すぐさま工場を飛び出した。

 街中を駆け回り、すれ違う人々から話を聞いて回る。活気立っている街の中で、盗人の目撃情報はすぐに集まった。

 

 エヌマエルの情報を集めていた時とは大違いだ、と内心苦笑をこぼし、アリーセは彼らの根城を突き止める。

 街から離れ、十五分ほど西に歩いた先にあるフノス河。その河沿いにある崩れ落ちた廃墟に、ここ最近見慣れぬ若者が出入りをしているらしい。

 

 本当はカーリンに報告をし、近隣の魔術師が到着するのを待った方が良いのだろう。

 しかし、犯人がいつまでも盗品を手元に置いておくとも思えない。早々に売り払われてしまえば、犯人が捕まったとしても魔具核が戻ってくる可能性がぐっと低くなってしまう。

 

 アリーセは強く杖を握り締めた。深呼吸を三つ落とし、よし、と心の中で気合いを入れる。一歩、大きく踏み出したアリーセは、単身で廃墟の中へと入っていった。

 

 薄暗い瓦礫の中、足音を殺しながら歩く。じゃり、と靴底が小さな音を立てた時だった。

 

「止まれ」

 

 吹き曝しの廃墟で、若い青年の声が響いた。アリーセの歩みが止まる。パッと視線を上げると、床の抜けた二階から誰かがこちらを見下ろしていた。

 

「その杖……魔術師か?」

 

「……貴方は?」

 

 負けじと聞き返すアリーセに、青年は「質問に答えろ」と圧をかける。目元以外をすっぽり布で覆い隠し、表情はわからない。

 アリーセは大人しく「見習いですが」と正直に頷いた。

 

「その見習い魔術師が、何の用だ?」

 

「ヴェンヌズで盗みを働いた一味を探しています。もし貴方がそうなのだとしたら、今すぐ投降してください」

 

 震えそうな声を隠そうと、アリーセはわざと慇懃な態度を取る。しかし、そんな虚勢は相手に筒抜けだったようだ。彼は嘲るように「はははっ」と笑い声を上げた。

 

「なんだ、お前。見習いな上に、よく見たら、まだガキじゃねぇか! そんなんで、俺たちを捕える? 随分と勇敢な見習い魔術師だなあ、おい!」

 

 青年の言葉に、アリーセはカッと頬を赤くした。馬鹿にされていることはわかったが、言い返すだけの言葉がない。彼の言うことは何一つ間違っていなかった。

 

 黙り込むアリーセの姿に、青年は違和感を覚えたようだ。僅かに声のトーンを落とし「なんだ、図星か?」と訊ねる。

 その時、彼の仲間がやってきて、青年に何かを耳打ちした。

 

「お前、本当に一人で来たのかよ」

 

 どうやらアリーセの存在に気付き、周囲の様子を探ってきたらしい。アリーセはますます情けなくなった。

 

「そうです。……貴方が盗んだ魔具核を、取り返しに来ました。あれは持ち主の大切なものです。今すぐ返してください」

 

「……嫌だっつったら?」

 

 剣呑な青年の声に、アリーセはジロリと彼を見上げ、静かに杖を構える。

 

「魔術を行使しても、取り返します」

 

 青年はしばらくアリーセを見下ろし、ヒソヒソと仲間に何かを告げる。アリーセが訝しげに眉を顰めると、青年は突然空いた穴から飛び降りた。

 

「え、ええええ!?」

 

 慌ててアリーセが魔術で彼を救おうとすると、

 

「《我らが祖なる精霊よ、風の力で我が身を助けよ》」

 

 清らかな風と共に、ふわりと青年の身が僅かに浮き上がった。アリーセの目が大きく見開かれる中、彼は地に足をつける。

 

 そして、驚愕するアリーセの前でニヤリと目元を笑わせた。

 

「な、んで……?」

 

「何で? 不思議なことを言うんだな。魔術を使えるのは、魔術師だけじゃないんだぜ」

 

 お前だってそうだろ、と言われ、アリーセはドキッとした。

 確かにアリーセは、まだ『魔術師』を名乗ることができない。名乗る際は、必ず頭に『見習い』と付けなければいけない決まりだ。

 

 彼の言葉は正しい。

 だが、しかし、アリーセの常識とはあまりにかけ離れすぎている。

 

 戸惑うアリーセに、青年は口元の布を引き剥がし、顔を見せた。なんの特徴もない——どこにでもいるような、極めて平凡な青年だった。

 メェルカの森で会った密猟者のような、凶悪な顔付きでもない。アリーセはますますわからなかった。

 

(本当に、この人が盗んだの?)

 

 素顔を見せた彼は、焦茶色の瞳でじろじろとアリーセを観察する。その口元は、友人を見つけた時のように嬉しそうだ。

 

「ふむ……お前には見込みがあるな。取り返しに来たのが、ゴーレムを引き連れた新魔術のヤツらだったらすぐに追い返したが、お前は違う。古臭い杖に昔ながらの三角帽。見るからに旧時代の魔術師に対するリスペクトを感じる」

 

 青年は、どこか興奮しているようだった。勝手な見解に苛立ちを感じるが、青年の言葉はそれ以上の困惑をアリーセに与えた。

 

「その上、何の作戦もなく、たった一人で精霊の力を頼りに敵地に乗り込む豪胆さ。しかも、敵であるはずの俺を案じて、魔術を使おうとしたな? その献身も気に入った」

 

「い、いったい何の話を……?」

 

 思わず聞き返したアリーセに、青年はまっすぐ手を伸ばす。そして、恍惚と言った。

 

「お前は俺たち『保守派』の仲間になれる。一緒に新魔術派のヤツらを滅ぼそう」




 

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