14話
それから暫く、アリーセはエヌマエルが訪れた際の話を聞いた。
しかし、話の殆どはカーリンの研究についてで、エヌマエルに関する話はこれっぽっちもない。アリーセはアルノルドの言葉の意味を、少しだけ理解した気がした。
話が終わると、カーリンは満足げな顔で「モーゼスの元に戻るのでしょう? 送りますよ」と言った。なんでも、彼に頼みたい仕事があるらしい。
そういうことならば、と二人は連れ立って、ヴェンヌズの街を歩く。
「つまり、古代魔術の研究とは、歴史の紐を解き明かすこと。人々がどう生き、どう死んでいったかを知るための旅路のようなものなのです!」
声高なカーリンの熱弁を聞きながら、アリーセはガヤガヤとした大通りを突き進む。
あの角を曲がったら、モーゼスの工場だ。そう思い、少しだけ歩みを早めた時だった。
辺りのざわつきに、違和感を覚えた。
モーゼスの工場の入り口に人溜まりが出来ている。ザワザワとした声に、心臓が大きく跳ねた。
「何かあったのでしょうか?」
カーリンの呑気な声が問うと同時に、アリーセは工場へと駆け出していた。小さな謝罪を繰り返しながら、人混みを掻き分けて進む。
ようやく最前列に抜け出せた時、アリーセは大きく息を呑んだ。
出掛ける前は丁寧に片付けられていた工具が、あちらこちらに散らばっている。ネジや金具が散乱し、棚の扉や引き出しは開け放たれていた。
そして、荒らされた工場の傍らで、モーゼスが仰向けに倒れている。
「モーゼス様っ!」
すぐに駆け寄るアリーセ。息を確認していると、微かにモーゼスが呻いた。
「カーリン様! モーゼス様に手当をっ!」
「……僕の専門は古代魔術なんですけどね」
渋々と言った様子で、彼もまた人を掻き分けてくる。専門に限らず、魔術師の役割は人々の安寧だ。こんな時に何を言っているのだ、とアリーセはカーリンを責めそうになった。
カーリンが呪文を唱えると、白い何かがモーゼスの周りに集まり始める。割れた額から滲み出る血がパリパリと乾き、剥がれ落ちた。
額の傷は跡形もなく、すっかり消えている。
「ふう……これでいいでしょう。モーゼスさん、聞こえますか?」
「ああ、聞こえとるよ」
くぐもった声が返事をし、アリーセの介助を押し除ける。畜生め、とモーゼスが口汚く罵った。
入り口に溜まっていた野次馬が捌ける頃、モーゼスはようやく椅子に座り、カップに注いだ水を一気に飲み干した。大袈裟だ、と見に来ていた隣人たちに悪態を吐きながら、彼は塞がった傷口を摩る。
「何があったのですか?」
カーリンの言葉に、彼は「クソガキどもめっ!」と声高に叫んだ。
「あ奴ら、ゴーレムの魔具核を盗んで行きやがった!」
え、と二人の声が揃い、顔を見合わせる。アリーセの脳裏に浮かんだのは、つい先ほど屑山で出会ったオンボロゴーレムだ。
(それの、魔具核が……盗まれた……?)
モーゼスの話によると、彼を襲ったのは十代くらいの青年集団だったらしい。
彼らは突然工場に押し入り、驚くモーゼスに襲いかかると、手にした鉄棒で額を殴打。倒れたモーゼスを床に転がし、手当たり次第に工場の中をひっくり返したそうだ。
「ゴーレム作りの材料には、高価なものも多いですからね」
納得したように頷くカーリンの横で、怒り心頭に発するモーゼス。カーリンに向かって唾を飛ばしながら「何を呑気に頷いとるんじゃっ!」と叫んだ。
「お前さんはこの街の魔術師じゃろうが! さっさとガキどもの痕跡を探って、跡を追わんか!」
「ええ……? それこそ専門外ですよ。僕は魔術師の中でも知性に能力を振っているんです。こういった荒事は、自警団や戦闘特化の魔術師にでも依頼してくださいよ」
「バカもんっ! お前さん、それでも魔術師か!」
拳を振り回すモーゼス。アリーセは呆気に取られ、カーリンを見上げる。
魔術師を名乗っている以上、カーリンも魔術協会の名簿に名を連ねる人物の筈だ。魔術協会に登録された魔術師は、各地に派遣され、その地域の統治以外の全てを任される。
エヌマエルもそうだ。彼はユピトルにおいて、薬師であり、警邏であり、占い師であり、教師でもあった。人々の営みに寄り添い、その生活の全てを支える。それが魔術師の責務であり、役割だ。
(なのに、なんで……この人は……!?)
明らかに異質な存在に戸惑いながら、アリーセは「あの!」と声を上げる。大人たちの視線が集まり、アリーセの喉が小さく鳴った。
「あ、の……私が、行きます。行かせてくださいっ!」
初めは震える声で、しかし、最後には力強く己の役割を主張するアリーセ。
ああそうかい、と喜んで受け入れるカーリンに対し、モーゼスは「お嬢ちゃんがか?」と訝しんだ。
「お前さん……確か、まだ見習いじゃろう? 危なくはないか?」
「……確かに私は見習いで、使える魔術も少ないです。ですが……」
言葉を区切ったアリーセは、キリッと表情を引き締めた。
「師匠から受け継いだ、魔術師としての矜持がありますから」
アリーセがそう言うや否や、モーゼスは「よく言った!」と声高に叫ぶ。のしのしと短い足で、動かなくなったゴーレムに近付いた彼は、アリーセに深く頭を下げる。
「コイツは確かにまともに仕事も手伝えん、旧型のポンコツじゃ。だがのう……ワシにとっては汗水垂らして友人と作った、最後のゴーレムなんじゃよ。こんな最期じゃあ、あんまりだ。……他の部品はもういい。じゃが、魔具核だけは、取り返してきてくれんか?」
切実な声に、アリーセは大きく「はい!」と返事をした。




