13話
モーゼスのゴーレムが稼働するようになったのも、シャルロッテの知識があったからだと、彼は言う。ゴーレムを形作るいくつもの部品を見せびらかし、モーゼスは誰よりも得意げに話した。
エヌマエルから聞くよりもずっと身近な母の功績に、アリーセは誇らしい気持ちが湧きあがる。
ふと、何かを思い出すように、彼は訊ねた。
「そういえば、シャルロッテは今、何をしておるんじゃ?」
一瞬、固まったアリーセ。しかし、何でもないように彼女は答える。
「宮廷魔術師として、王都にいると聞いています」
ほう、とモーゼスが目を丸くさせた。そして「あのお転婆が宮廷にか」と僅かに顔を顰めた。
アリーセは目をぱちくりさせ、母の意外な印象に驚きを覚える。
「お転婆……だったんですか?」
「何じゃ、知らんのか?」
「ええ。母とは幼い頃に別れ、十年以上会っていませんので……」
シャルロッテのことは、エヌマエルから聞いた以上のことを知らない。
彼の語るシャルロッテは勤勉で、どこまでも気高く、何よりも美しい——才覚に溢れた魔術師であった。お転婆、という幼子を示すような言葉は、あまりにシャルロッテのイメージとかけ離れていた。
しかし、モーゼスはどこか納得したように大きく頷き、アリーセの歳を訊ねる。答えを聞いて、そうか、と憐れむようにアリーセを見つめる。
「ああ……そりゃ、あの子らしい話だ。きっと、研究が楽しくて仕方なかったのじゃろうて」
呟くようにそう言うと、彼は空色の瞳を優しく細めた。
「お嬢ちゃん……アリーセ、と言ったか。お前さんの母君は、本当にすごい人でな。お前さんは寂しい思いをしたかもしれんが、そのおかげで守られた文明がある。……どうか、シャルロッテを恨まんでやっておくれ」
アリーセの手を、モーゼスのゴツゴツした手が撫でる。
硬くなった手のひらの皮は、アリーセがこれまで繋いできたどの手とも違う。長い間、屑山を掘り返し、ゴーレムを作り続けてきた職人の手だった。
そんなモーゼスと共に研究をし続けた母の手は、いったいどんな手なのだろうか。
アリーセはふと、そんなことを考えた。それからモーゼスの手をぎゅっと握り返し、口元をにっこりと引き上げる。
「大丈夫です。私には師匠が居ましたから。……母の記憶はあまりないけれど、師匠からとても立派な魔術師であると聞いています」
これはアリーセの本心であった。シャルロッテが立派であればあるほど、彼女が自分の傍にいない理由に納得がいった。
少女の言葉を聞いて、モーゼスは静かに目を伏せる。
二度目の「そうか」という言葉はどこか空虚に思えたが、しわくちゃな手はどこまでも温かかった。
「モーゼス様。私、カリーン様の元に行ってまいります。お話が聞き終わったら、またここに戻ってきますので、母の話を詳しく聞かせていただけますか?」
「……ああ、ワシに話せることなら、いくらでも話そう」
ふ、とモーゼスの空気が軽くなり、アリーセはにっこりと笑みを見せる。それから、彼女は一人、魔術師カーリンの元へ向かった。
カーリンの魔術工房は、ヴェンヌズの外れにあった。市民の生活を支える魔術師の工房が、こんな外れにあっていいのだろうか、と案じながら、アリーセは頑丈そうな入り口をノックする。ゴンゴン、と無機質な音が鳴り響いた。
アリーセを出迎えた魔術師は、丸眼鏡をかけた痩せぎすの男性だった。艶やかな黒髪が、細長い顔の横でカーテンのように垂れ下がっている。アリーセが名乗ると、彼は工房の中へとアリーセを案内した。
「エヌマエルくんですか。……ええ、確かに一年ほど前にいらっしゃいましたよ」
「ほ、本当ですか!?」
ガタン、と座っていた椅子を跳ね飛ばすアリーセに、カーリンは青白い顔で静かに笑った。
「ええ。何でも、シャルロッテという古代魔術師について、話を聞きたいと仰っていました」
古代魔術——かつて失われたその魔術を研究し、解明しようと試みる魔術師。それが、現代における古代魔術師であった。
使えもしない魔術を学ぶ変わり者。彼らをそう蔑む者も多いが、魔具核をゴーレムへ転じたように、古代魔術を現代に転用しようと試みる研究者も少なくない。
アリーセの母、シャルロッテもその一人であった。
(……師匠が、お母さんを?)
すとん、と足元の床が抜け落ちたように感じた。全身が凍りついてしまったように動かず、頭もうまく回らない。
返事がないことに違和感を覚えたカーリンが「大丈夫ですか?」と問うた。
「はい、あ……あの、えっと……なんでしたっけ?」
ぎこちない笑みを浮かべる少女に、カーリンは黙ってホットミルクを差し出す。温かい飲み物を口に含むと、ほんの少しだけ固くなった体が和らいだ。
マグカップの中がすっかり空になる頃には、冷えた指先も熱を取り戻していた。
「すみませんでした。突然、取り乱したりして……」
「いえ。……それよりも、大丈夫ですか?」
二度目の問いかけに、今度は小さく頷いた。
初めてアルノルドから『古代魔術』という単語を聞いた時、アリーセは真っ先に母のことを思い浮かべた。しかし、そんなことで多忙な——娘に会いに来る時間さえない——母を訪ねて良いものか、アリーセにはわからなかった。
だからこそ、アルノルドのリストは本当に有り難かった。次に足を向ける先が明示されたからだ。
だが、もう目を背けられない。シャルロッテに会いに行く理由が出来てしまった。心臓が早鐘のように鳴り、期待と不安がぐるぐるとアリーセの小さな体を巡る。
アリーセの強がりに、カーリンは気付いていただろう。しかし、自身の研究以外に興味のない彼は、それに触れることなく「そうですか」と頷き返した。




