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今は亡き貴女に、花束を  作者: 桜庭
第二章 母の面影と手紙

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11話

 半日ほど歩き、メェルカの森を北西に抜ける。

 土と草木の匂いが、油と鉄錆のそれに変わる頃、アリーセはようやくヴェンヌズに到着した。

 

 夕暮れも近いというのに、あちこちの工場からは未だ蒸気が噴き出している。活気のある声が飛び交い、がたいの良い採掘者たちがガチャガチャと器具を鳴らし歩いていた。

 

 王都と違った賑やかさに圧倒されつつ、アリーセはアルノルドの言葉を思い出す。

 

「誰を訪ねるか迷うなら、まずはモーゼスに会うといい。彼は古代魔術に携わる人間の中で、数少ない『話せる奴』だからね」

 

 古代魔術は、魔術の中でも専門性が高い。それゆえに、学ぶ者は一癖も二癖もあるという。どんな人物だろう、とアリーセは期待に胸を膨らませた。

 

 書き記された住所に向かう途中、彼女は立ち並ぶ工場の合間に奇妙な店を見つけた。

 厳めしい重機が置かれた工場と異なり、店頭には綺麗な小型望遠鏡や手持ち洋燈(ランプ)が並んでいる。夕陽を乱反射させるガラスの吊るし飾りが、アリーセの好奇心を刺激した。

 

(……道を訊くついでに、少し中を覗いてみようかな)

 

 わくわくする気持ちを抑えきれず、アリーセは店の扉を潜った。

 目に飛び込んできたのは、表以上に興味深い品々だ。綺麗に削られた水晶玉や虹色のフレームに目を輝かせていると、ふと見慣れない巨体が視界に飛び込んできた。

 

「これ、もしかして……ゴーレム……?」

 

 店内の最奥に、立ち置かれた鋼鉄の塊。錆色の頭部に嵌められたガラスの目が、アリーセの顔を反射する。

 

「魔術ゴーレムを見るのは初めてかな、お嬢さん」

 

 帳簿を小脇に抱えた、店主らしき男性が声をかけてきた。エプロンで手を拭きながら近付く彼は、振り返ったアリーセが持つ杖を見て、目を丸くさせる。

 

「おや、魔術師のお客様だったか」

 

「はい。まだ見習いですけど……ユピトルの白魔第三魔術工房所属のアリーセと申します」

 

「ああ、花の街から来たのか。そりゃまた随分遠くから来たんだね」

 

 採掘都市にようこそ、と彼は豪快に笑う。

 彼の目が傍らのゴーレムに向く。小柄な彼が並ぶと、一層ゴーレムが大きく見えた。

 

「コイツは近くの採掘所で見つかった魔具核(コア)を元に作った魔術ゴーレムだよ。ヴェンヌズでしか手に入らない、貴重な魔具の一つさ」

 

「魔具って……今はもう作られていないのでは……?」

 

 かつて魔術師の数が今ほど多くなかった時代。彼らは生活の豊かさを求め、魔術を極めた。

 しかし、魔術は精霊の力を借りて発動する奇跡の御業。精霊と言葉を交わすには、魔力という素質が必須だった。

 

 魔力を乗せた精霊言語で、呪文を唱える。そうして初めて、精霊が力を貸してくれるのだ。

 

 そんな理(ことわり)に一石を投じたのが、魔術師ヴィルヘルム=ローゼンハインだった。


 彼は魔力のない人でも魔術が使えるようにと、新たな道具を編み出した。

 それが魔具だ。

 

 魔力の籠った石——魔石に、今は解読不能となった旧精霊文字で、精霊への『命令(おねがい)』を掘り込む。そうしてできた魔具核を仕込んだ絡繰りは、スイッチ一つで精霊の力を借りられる便利な道具となった。

 

 魔力のない人と精霊を繋ぐ画期的な道具は、あっという間に人々の生活に浸透した。

 

 しかし、その存在は魔術そのものを衰退させた。

 研鑽を積まずとも、学びを得ずとも、魔術を行使できる。そんな世界で、人々は精霊への敬意を忘れ、魔具の存在は『ただの便利な道具』と成り下がった。

 

「精霊は人間に便利な道具として扱われることに腹を立て、姿を消しました。それから何百年も経て、ようやく人々は再び魔術が使えるまで精霊との関係を修復したのです」

 

「その通り。魔術が使えなくなって、人は初めて精霊の存在を思い出した。その戒めとして、魔具の製造と所持を禁止したのが、今から五百年ほど前の話」

 

 その法令が緩和されたのは、五十年ほど前。魔具の所持が可能になったのだ。

 

「そして、今から二十年ほど前、魔具の製造も可能になったんだ」

 

「でも、作り方自体はもう失われているんですよね?」

 

 アリーセの問いに、店主は再び「その通り」と頷いた。

 

「魔具の製造方法は、今もわかっていない。まあ、五百年も前の技術だ。失われても仕方ないよ」

 

 アリーセもまた、眼前のゴーレムを見上げる。無機質な巨人はそれほど昔のものには見えない。

 

「作れないものを作る許可って、意味があるんですか?」

 

「大有りだよ! 魔具の製造において、再現できないのは魔具核だけ。ここは採掘都市ヴェンヌズだよ。近くの遺跡や採掘場から、まだ使える魔具核を掘り当ててくればいいのさ」

 

 この街はそうして発展したんだ、と言われ、ようやくアリーセにも合点がいった。

 なるほど、確かにアルノルドの言う通りだ。彼らの発想は、アリーセたちのような魔術師とは少し異なる考え方をしているようだ。

 

「それで、今日は何をお探しで?」

 

 店主の言葉に、アリーセはハッと本来の目的を思い出す。モーゼスの居場所を訪ねると、店主は「おや」と再び目を丸くした。

 

「モーゼスなら、コイツの制作者じゃないか」

 

 店主の短い親指が、目の前のゴーレムを指し示す。え、と驚きの声がアリーセの口から飛び出した。





 

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