昼休み 〜食堂3〜
「マリナ、昼まだだろ。一緒に食べよう」
「うん」
アレクセイに連れられて、マリナは歩き出した。
「なら、わたしたちは遠慮した方が良いかな」
ラウルがエイルラントに言うと、
「何を言っているのですか」
立ち止まったアレクセイが、ラウルに向き直った。
「まさか忘れたわけではないですよね」
ラウルが首を傾げる。何かあったかな、そんな顔をしている。
「新入生歓迎会で提供する料理の打ち合わせに来たのでしょう」
「……そういえば、料理長と待ち合わせしていたね」
アレクセイがヤレヤレという表情をした。
「もうすぐ待ち合わせの時間です。行きますよ」
四人は階段に向かって歩き出した。
(確かこれ、サーキュラー階段っていうんだっけ)
改めて見ると、すごい階段だ。四人が並んでも余裕がある横幅の大階段で、二階の床から一階まで、ゆるやかな曲線が続いている。どうやって支えているのか、まるで宙に浮いているようだ。
一階に降り、階段の脇を通って奥に行く。
「凄い……」
マリナは思わず感嘆の声を漏らした。
右側にはレストランが続いている。
左側は窓を開放し、その先はテラス席だ。窓と窓の間には、小さめの調理スペースが設置され、カフェのような軽食が提供されている。
中央は椅子とテーブルが設置された、ホテルのラウンジのような空間になっていた。
マリナたちは、中央の空いている席に腰を下ろした。
制服を着て、銀のトレイを持ったスタッフがやって来て、グラスを置いていく。グラスの中で、氷が涼しげな音をたてた。
「わたしは料理長のところへ行ってきます。先に注文していてください」
「わたしも行こう」
「いえ、大丈夫です」
アレクセイの視線の先には、エイルラントがいる。
ラウルが笑った。
「分かった。エイルのことは、わたしが見ているよ」
「お願いします」
そう言うと、アレクセイは奥の方へ消えて行った。
「警戒されてるね、エイル」
アレクセイが離れた後で、ラウルが面白そうに笑う。
「やめて下さい」
「済みません。兄が失礼なことを」
「大丈夫、気にしてないから。それにしても、よほど君のことが大切なんだね」
エイルラントの優しい言葉に、マリナは安堵する。
「そう言ってもらえると有りがたいです。ちょっと、過保護な気もしますけど」
「いや、楽しかったよ。普段、見られない顔が見られたからね」
ラウルは本当に楽しそうな顔をしている。
「……王太子殿下にも失礼な態度をとってしまって……」
「アレクセイは、いつもあんな感じだよ」
「え……」
「わたしにとっては、良い友人だ」
……王子と平民が友人になる。そんな事が、あり得るのだろうか。
「学院内では、身分による差別は禁止されている」
マリナの心の中を見透かしたように、ラウルが言った。そういえば、昨日もそんな事を言われた気がする。
「初代学院長の方針だよ」
「そうなんですね、知りませんでした」
エイルラントに言われ、マリナがそう言うと、ラウルが、
「君、少し歴史の勉強をした方が、良さそうだね」
真顔で言った。
「……?」
「学院に入学したのに、初代学院長のことを知らないのは、どうかと思うよ。それに、昨日は『貴族の馬車を停めたら死刑になる』って言ってたしね」
「あ……」
思い出したら、急に恥ずかしくなってきた。顔が赤くなるのを感じる。
「ふふ……」
「あはは……」
二人の王子が笑い出した。
顔から火が出そうになっているマリナに、
「そろそろ何か注文しよう」
エイルラントが言った。
「あそこのカウンターに行けば、おすすめ料理を教えてくれるよ」
言われた方を見れば、ラウンジの中ほどに、カウンターが設置されている。コンシェルジュまで居るようだ。
「あの、殿下は何を」
「そうだね、フルール湖産のニジマス料理があれば、それを」
「わたしも」
「分かりました」
マリナは、カウンターの方に向かって歩き出した。
(助かった……王子様二人と一緒は、きついよ)
チラチラと見てくる周りの視線も、気になって仕方ない。
(お兄ちゃん、早く戻って来ないかな)
「それで、手がかりは見つかった?」
マリナを見送りながら、ラウルがエイルラントに訊ねた。
目が笑っていない。先ほどまでとは違う、冷たい光を放っている。
「さっぱりです。何の痕跡もなく消えてしまったと」
エイルラントの顔からも、笑みが消えている。
「そう、妙だね。ひと月前には確かに存在していたのに、人ひとり跡形もなく消えてしまうなんて」
「はい。騎士たちも手をつくしているようなのですが」
「国が庇護する魔技の少女……か」
数百年ぶりに現れた稀有な存在である少女。彼女は今年、聖フルール学院に入学することになっていたのだが、入学式を前に姿を消してしまっていた。一ヶ月前、学院の寮に入ったところまでは確認できているのだが、その後の足取りが掴めない。
「本当に、どこに行ってしまったのでしょう」
ふと、思い出したように、エイルラントが言う。
「そういえば、マールデル殿の妹。本来、彼女の席は、わたしの隣ではない筈なのです」
「ほう……」
「なのに、彼女が隣に座ることに、何の違和感も感じなかった……どういうことなのでしょう」
「分からない……でも……」
ラウルはマリナの後ろ姿を見つめていた。
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