閑話 〜王太子の普通じゃない挨拶〜
番外編です。
聖フルール学院生徒会室では、今年度の入学式に向けて準備が行われていた。
講堂の飾り付けや新入生の胸に付ける花の手配、受付や案内係との打ち合わせなど、なかなかに忙しく、午後の穏やかな日差しが入る生徒会室は、今や戦場と化している。
「ところで、歓迎の言葉は出来ましたか?」
会長の机に向かって書類に目を通しているラウルに、アレクセイが話しかける。
生徒会長のラウルは在校生代表として、入学式で歓迎の言葉を述べることになっている。アレクセイとしては、その原稿がどこまで仕上がったのか、気になるところだ。
入学式までは残り五日を切っている。出来上がった原稿は、一度副学院長に確認してもらわなければならない。修正が必要になった時のことを考えると、あまり時間に余裕があるとは言えない。
「心配しなくても、出来ているよ」
顔を上げたラウルが、アレクセイに書類を差し出した。どうやら原稿のようだ。
すでに仕上げてくれていたか。ホッとしたのも束の間、原稿に目を通したアレクセイの顔色が変わった。
新入生の皆さん、入学おめでとう。
本日より聖フルール学院の一員となった皆さんを、在校生一同、心より歓迎します。
皆さんは、いずれ我が国を担うことになる、貴重な人材です。
財務官僚として国の財政を支える方、法務に携わり公正な社会を築く方、道路や橋を整備して人々の暮らしを豊かにする方。
他にも医療や教育、国防など、皆さんが活躍できる場所は数多くあります。
さらに、官僚だけではなく、新しい技術を開発して国の発展と繁栄に寄与する道もあります。
このように、さまざまな形で我が国を支えていってくれることでしょう。
そのためにも、まずは学業に励み、ここにいる全員で必ず卒業してください。
皆さんの未来が明るいものになることを、願っています。
「これ、本当に読む気ですか」
「もちろん」
良い挨拶だろう。ラウルの満面の笑顔がそう言っている。
「却下です」
アレクセイの無情な声が響き、ラウルがきょとんとした顔で首を傾げた。
「何ですかこれは。学院生活のことが何ひとつ入ってないではありませんか」
「それ必要?」
「必要です。ちゃんと新入生が安心して学院生活を始められるような内容にしてくださいと言ったでしょう」
「だから、将来の進路を具体的に示してるじゃないか」
「入学式で卒業後の話をしてどうするのですか」
「でも、大事なことだし、間違ったことは書いてないよ」
「そういう問題ではありません」
アレクセイは頭を抱えている。まただ。どうしていつも明後日の方に行ってしまうのか。こんなものを入学式で読み上げるわけにはいかない。急いで書き直さなければ。とはいえ、ラウルに任せていては、同じ結果になることが目に見えている。
「もういいです。歓迎の言葉は、わたしが書きます。殿下はおとなしく書類に判を押していてください」
「でも、在校生代表はわたしだよ」
ダンっとアレクセイが机を叩いた。そのままラウルに迫る。怖い顔をしている。
「くれぐれも、余計なことはしないで、判を押していてください。いいですね」
「分かった」
不服そうな顔をしながらも承諾したラウルに、アレクセイは安堵の息を漏らした。
少し強く言い過ぎたかな。本人は真剣に新入生のことを考えて書いたのだろうし。アレクセイは、書類に向かうラウルを見ながら申し訳なさを覚える。
まぁでも、今年はマリナが入学してくる。さすがにあの挨拶はなしだ。そんなことを考えながら、アレクセイは歓迎の言葉を書き始めた。
お読みくださり、ありがとうございます。
本日20時に本編の続きを投稿予定です。
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