昼休み 〜食堂2〜
「兄上」
声をかけたのはエイルラントだ。どうやら先ほどの聴衆の中にいたらしい。
「いつも、ここで演奏を?」
「美味しい食事を彩るのも、音楽の役割だからね。皆、喜んでくれている」
「当たり前ですよ。演奏しているのが王太子殿下なのですから」
どこにいたのか、アレクセイが現れてラウルの側に立った。
「あなたは?」
「これは失礼しました。
アレクセイ=マールデルと申します。
ご挨拶が遅れて申し訳ありません、第二王子殿下」
アレクセイが軽く頭を下げた。エイルラントは、何か思い当たったようで、柔らかな笑みを浮かべる。
「あなたが……入学式では兄が世話になりましたね」
そう言われてアレクセイが不思議そうな顔をした。
「あの挨拶、あなたが考えたのでしょう」
「なぜ、それを」
「兄上にしては、ずい分普通の挨拶でしたから」
弟の言葉にラウルが心外だ、という顔をした。
「ひどいね。わたしはいつも真面目にやっているよ」
「食堂でいきなりピアノを弾き出すような人が、何を言っているのですか」
「そこにピアノがあるのに、弾かないのは、勿体ないだろう」
「真面目な普通の王太子は、自分勝手にピアノを弾いたりしません」
二人の王子のやりとりを見ながら、アレクセイが小さく笑った。
(お兄ちゃん、あんな顔するんだ……なに話してるのかな)
楽しそうに話す三人を見ていたら、自分だけが少し遠い場所にいるような気がして、切なさが込み上げてきた。
この乙女ゲーム世界で、マリナだけが違う。本来居るはずのない異質な存在。いずれ世界に拒絶され、消えてしまうかもしれない。そんなことを考えると、マリナの中に言いしれぬ不安が広がっていく。
ふと、アレクセイと目が合った。
「マリナじゃないか」
マリナに気づいたアレクセイが近寄って来る。
「お兄ちゃん」
「こんな所でどうした」
「お昼ごはん食べに来た。でも、なかなか決まらなくて」
「まだ食べてないのか。ダメだろ、ちゃんと食べないと」
「うん」
「あれ、君は昨日の……君、アレクセイの妹だったの」
アレクセイを追ってきたのだろう。いつの間にかラウルとエイルラントも側に来ていた。
「兄上も、彼女をご存知なのですか」
「エイルも知っているのか」
「わたしの同級生ですよ。席が隣りです」
「……聞き捨てなりませんね」
アレクセイの目が細くなった。表情が消えている。
「……わたしの妹に、何をしているのです?」
「いや、わたしは何も……」
「エイル、君、彼女みたいな子が好みだったの……知らなかった……」
本気でそう思っているようで、ラウルは、今初めて知った、というような顔をしている。
「違います」
「違うとはどういう意味ですか。わたしの妹が、かわいくないとでも」
アレクセイの目が据わっている。
「そうではなくて」
「安心したよ。君、女性に興味なさそうだったから」
「兄上、変なことを言わないで下さい」
「マリナ」
アレクセイが、マリナを隠すように、すっと一歩前に出た。
(まずい)
「やめて、お兄ちゃん!」
マリナは慌ててアレクセイの腕にしがみついた。
「殿下は悪くないよ」
「でも……」
「でも、じゃない」
必死に止めるマリナを見て、ラウルが笑い出した。
「ふふっ……ははは」
つられるようにエイルラントも小さく笑う。
張り詰めていた空気が、一気にほどけた。
(なんか良いな……こういうの)
温かな空気に包まれて、マリナは胸の奥が少しだけ軽くなるのを感じた。




