入学式前3
聖フルール学院の正門から中央エントランスまでは一本道だ。この道は馬車も走るため、道幅が広く取られている。更に歩行者の安全に配慮し、両側には歩道が設えられていた。
その道を、一台の馬車が中央エントランスに向かって走行している。その前に一人の少女が、歩道から飛び出してきた。
「危ない!!」
誰かが叫んだ。
車道に投げ出されたマリナに、馬車が向かってくる。
悲鳴が上がった。
マリナに気づいた御者が、慌てて手綱を引く。馬が嘶いた。
急に手綱を引かれた馬が、前脚を振り上げ後ろ脚で立ち上がる。
その様子をスローモーションでマリナは見ていた。動けない。マリナの世界からは音が消え、時間が止まったような感覚に陥る。
「あ、これ死んだ。嫌だな、こんな死に方。できれば長生きしたかった」
振り上げられた前脚が、頂点に達しようとするのを見ながら、ひどく冷静にそんな事を考えた次の瞬間、もう一度誰かに腕を掴まれ、マリナは歩道に引き戻された。
直後、マリナのいた場所目がけて前脚が振り下ろされた。
「どうどう」
気がつくと、御者が馬を宥めようと必死で手綱を制御していた。
「わたし、生きてる」
マリナはその場にへたり込んだ。まだ上手く状況が飲み込めず、ボーっとしていると、
「君、大丈夫?」
頭の上から声が聞こえた。
マリナが声のした方を向くと、心配そうに覗き込む美形の顔があった。
(この顔知ってる。第一王子のラウル=シェアリス=ラインシェリアだ。攻略対象の一人の)
「え、あ、だ、大丈夫……です」
「ケガは無いみたいだね」
そう言ってラウルがマリナに手を差し出す。マリナがその手を取ると、ラウルが立ち上がらせてくれた。
「これは一体なんの騒ぎですの?」
振り向くと、馬車から一人の少女が降りて来るところだった。美少女だ。
「やぁ、アイラ嬢」
ラウルがにこやかに返す。
「殿下」
アイラと呼ばれた少女がラウルの側に来てお辞儀をする。きれいなカーテシーだ。
「いったい何事ですか?」
「この子が馬車に轢かれそうだったから、助けてあげたんだよ」
「わたくしの馬車を止めたのは、あなたでしたか」
アイラがマリナに向かって言う。
「何故そのようなことをしたのです?死にたいのですか」
マズイ、と思った。確か貴族の馬車を止めた者は死刑だったような……
「その子は悪くないよ」
マリナが返答に詰まっていると、周りから声が上がった。
「そっちの三人が、腕をつかんで放り投げたんだ」
「平民だから後ろに並べって言ったんだよな」
「あぁ、割り込もうとしてな」
「そうだそうだ」
三人の貴族令嬢を、周りがいっせいに責め立てる。
「な、何よ。私たち悪くないわよ」
「そうよ」
「おとなしく順番を譲らないのが悪いんでしょ」
「そうよ、平民のくせに言うことを聞かないから」
「お黙りなさい」
アイラがピシャリと言い放った。シン……と周りが静まりかえる。
「先ほどから聞いていれば、何ですか嘆かわしい。たとえ貴族であろうと、道義に反する行為をして良いわけがないでしょう」
アイラが厳しい顔で言い放つ。
「まして、暴力に訴えるなど、もっての外です。あやうく人が亡くなるところだったのですよ」
「ですが、グラドール公爵令嬢。そこの平民が無礼を働いたのが、悪いのです。礼儀を弁えない平民を教育するのは、貴族の役目です」
「いい加減になさい。教育されるべきはあなた方の方です。恥を知りなさい」
三人の令嬢は、身分が上の公爵令嬢に強く叱責されて、ようやく諦めたようだ。
「申し訳ありません」
アイラに謝罪したが、
「謝罪する相手が違います」
そう言われて三人の令嬢は渋々マリナに頭を下げた。
「申し訳ありませんでした」
それだけ言うと、三人はそそくさとその場を去って行った。




