入学式前2
聖フルール学院は広い。元々は小さな学校だったのだが、長い時間をかけて、少しずつ拡張され、現在の規模になった。敷地内には、さまざまな施設が点在しており、徒歩での移動には、かなりの時間がかかる。そのため、移動手段として、無料の巡回馬車が完備されていた。
マリナは近くにある馬車の待合所に向かったが、到着した時には、すでに馬車は出てしまった後だった。仕方なくマリナは次の馬車を待つことにした。式が始まるまでには、まだ時間がある。時間に余裕をもって行動する。こういうところは、さすが前世日本人だ。
待合所には、馬車が停車する目印のポールが建てられていて、その傍にベンチが設置されている。路線バスの停留所みたいだ。周りを見ると、新入生だろうか、数人の生徒が、待合所で列を作っていた。マリナと同様、馬車を待つのだろう。マリナは列の最後尾に並んだ。他に待合所を通り過ぎて行く者もいて、彼らは中央エントランスまで歩いて行くのだと思われた。
「ねぇ、そこのあなた」
ぼんやりしながら馬車を待っていると、いきなり声を掛けられた。マリナが声のした方を見ると、三人の女子生徒が立っている。
「えっと、私ですか?」
「えぇ、そうよ」
「何でしょう?」
マリナが訊ねると、女生徒たちは顔を見合わせてフッと笑った。何だか嫌な感じだ。
「その格好、あなた平民ね」
「あら、訊かなくても分かるじゃない」
「こんなの着ているの、平民しかいないわよ」
女生徒たちがクスクスと笑う。
自分の服を馬鹿にされたような気がして、マリナは少しムッとした。この世界の服は安くない。上等な生地を使った仕立ての良い服を何枚も持てるのは、貴族か、平民では極一部の富裕層くらいだ。元の世界もそうだったが、衣服には貧富の差が出やすい。マリナの家は、ごく普通の一般家庭だ。生活に困窮することはないが、裕福な方でもない。それでも入学祝いにと用意してくれた、大切な服だ。それを『こんなの』と言われては、面白くない。
「何か用ですか?」
「あら、気に障ったかしら。まぁいいわ。そこを退きなさい、平民」
「えっ?」
「聞こえなかったの。そこを退きなさいと言ったのよ」
「どうしてですか?」
「だって平民のあなたが、貴族の私たちより先に馬車に乗るなんて、おかしいじゃない」
「平民なら貴族の後ろに並ぶのが当たり前よね」
女生徒たちがウンウンと頷く。
「そうそう。貴族の私たちが平民のあなたの後ろだなんて、あり得ませんわ。身分が違いますもの」
「そもそも平民のくせに貴族と一緒の馬車に乗ろうだなんて、おこがましいとは思わないのかしら」
「まぁまぁ、一緒の馬車に乗るくらいは許して差し上げないと。私たちは寛大ですから」
そう言うと、貴族だという女生徒たちは、声をあげて笑った。
彼女たちの言っていることは全く分からないが、列に割り込もうとしているのだということは分かる。貴族貴族と言っている割には、やっていることが浅ましい。こんなのが貴族だなんて幻滅する。
「お断りします」
「何ですって」
「貴族だからって……」
何をしても良い訳じゃない、そう言い返そうとして、マリナは途中で止まってしまった。そういえば、ゲーム序盤にこんなイベントがあった気がする。確か、平民のヒロインが巡回馬車を待っていると、後から来た貴族令嬢が順番を譲れと迫って言い合いになる、というものだ。今のマリナの状況と何も違わない。でも、何故だろう。マリナはヒロインではない。イベントが発生する筈はないのだが。
マリナが考え込んでいると、痺れを切らしたのだろう、女生徒の一人がマリナの腕を掴んで引っ張った。
「黙ってないで、さっさと其処を退きなさい」
「あっ」
女生徒たちから意識を逸らしていたマリナは、完全に不意をつかれた形になり、腕を引っ張られた勢いのまま、車道に投げ出されてしまった。




