入学式前1
乙女ゲーム「花の都で恋して」、通称「花恋」は、聖フルール学院を舞台に繰り広げられる、女性向け恋愛ゲームだ。
内容はシンプルで、学院に入学した主人公は、四人の攻略対象と出会う。学校生活を送る中で彼らと交流し、イベントをこなして好感度を上げ、最終的に攻略対象の一人と結ばれる。
乙女ゲームとしては、王道のストーリーである。
よく晴れた空に花火が上がった。今日は聖フルール学院の入学式の日だ。
聖フルール学院は、シェルドリア王国の王都、「花の都」と呼ばれるフロレンティアにある、創立四百周年を越える名門校だ。将来、国の発展と繁栄に貢献できるような、優秀な人材の発掘と育成を目的として、設立された。
正門を通り、入学式が行われる講堂の場所を案内板で確認しながら、新入生のマリナ=マールデルは、ソワソワと落ち着かなくなった。入学式を控えて、少し緊張しているようだ。もっとも、落ち着かない理由は、それだけではないのだが。
「聖フルール学院。本当に入学できるなんて、夢みたい」
呟きながらマリナは両手を見つめる。
「本当なら、ここに居ないはずだったから」
マリナは転生者だ。元の名前は三崎麻理奈。東京の大学に通う、十九歳の女子大生だった。
一年生の冬休み、年末年始を実家で過ごそうと、夜行バスに乗り込んだ。それが前世での最後の記憶だ。バスの中で眠りにつき、目が覚めたら幼い女の子になっていた。マリナは知らない。眠っている間に高速道路でバスが事故に巻き込まれ、自分が眠ったまま目を覚ますことなく、還らぬ人になってしまったことを。
こちらの世界で目覚めてからしばらくは、自分に何が起きたのか理解できず混乱した。起きたら見知らぬ部屋のベッドの上にいて、見知らぬ大人たちに囲まれている。しかも女子大生だったのが、十歳くらいの女の子になっているのだから、混乱するのも仕方のない話だった。
訳が分からず取り乱すマリナを、周りの大人たちが宥める。あとで分かったのだが、その人たちは、マリナの両親と主治医だった。
取り乱すマリナを見て困惑する両親に、医師は、長く意識が混濁していたため、目覚めてしばらくは混乱が続くかもしれないと説明したらしい。辻褄の合わないことを言っても、無理に問いたださず見守るように、と告げたそうだ。
その後、疲れて眠って起きて、また取り乱して宥められて、ということを何度か繰り返し、ようやく自分の置かれている状況が現実なのだと理解した。
そこからは早かった。マリナも元は現代日本に暮らしていた十代の女の子だ。オタクと言えるほどではないが、有名どころのWeb小説、漫画、アニメ、ゲームは、ひと通り読んで、見て、プレイして知っている。だから気づいた。これは異世界転生だ。理由は分からないが、自分は死んで、異世界に転生したのだと。
「なんで、こんなことになったのかな」
ベッドの上でマリナはため息を吐く。自分が異世界に転生したことは理解できた。でも、何がどうしてこうなったのかが分からない。何より、
「お父さん、お母さん……」
もう会えないであろう家族のことを思うと、自然と涙が溢れた。
「マリナ、どうしたの?」
マリナが顔を上げると、男の子が心配そうにマリナを見つめている。
「お兄ちゃん」
「どこか痛い?」
マリナは首を横に振った。この世界のマリナにも家族はいる。心配をかけてはいけない。そう思って平静を装う。
「目にゴミが入っただけだよ。どこも痛くないから、大丈夫」
「そう、良かった」
男の子は安心したように笑った。
その笑顔に見覚えがあるような気がする。どこでだったか……
(え、ちょっと……)
男の子の手がマリナの額に当てられる。
(あれ、これって確か……)
マリナの頭の中にゲームスチルが浮かぶ。攻略対象が病気の妹を気遣う、回想シーンのスチル。
(この子、ゲームのアレクセイだ)
前世でプレイしていた乙女ゲームの攻略対象の一人。
(それじゃここって、『花の都で恋して』の世界だったの?)




