閑話 〜食堂には裏の顔がある〜
番外編です。
その日の放課後、食堂の二階フロアでは、スタッフが清掃を行っていた。椅子を上げて床をモップがけしたり、カウンターを拭いたり、キッチンを水洗いしたりと、皆忙しそうに動き回っている。
二階はオープンキッチンで、注文を受けてから調理する。といっても、調理の大部分は地下のセントラルキッチンで行い、二階では仕上げのみを行っている。
「邪魔するよ」
階段を上がってきたラウルに気づいたスタッフが、手を止めて頭を下げた。
「これは王太子殿下。この時間にお越しとは、珍しいではありませんか」
「近々、新入生歓迎会があるからね。少し弾いておこうかと思って」
視線がグランドピアノを捉えている。
「少しうるさくなるけど、我慢してくれるかな」
「殿下の演奏なら大歓迎です」
「嬉しいことを言ってくれるね」
スタッフの笑顔に、ラウルの顔がほころんだ。
「昼間はエイルに呆れられたからね」
そう言いながら、なぜかピアノの方へは向かわずバルコニーに出たラウルが、一階のテラスを見下ろす。下では清掃員が仕事をしている。ラウルに気づいた清掃員が、手を止めて頭を下げた。
いつの間にかラウルの横には、先ほどのスタッフが控えている。
「少し前、昼休みに殿下と一緒にいた女生徒が、ここを通って行ったそうです。三、四人で連れ立って汽車の方へ向かったとか」
「なら、行き先は学生街だね。迷子にならなければ良いが」
「警備を増やしたと聞きましたが」
「あぁ、新入生が来たからね。毎年この時期は人出が普段よりも多くなるし、学院に不慣れな新入生のためにも増やした方が良いと、副学院長に進言しておいた。何かあってからでは遅いからね」
「左様でございましたか」
バルコニーの二人の会話は、中のスタッフには聞こえていない。
「初めて行くなら楽しいだろうね。友だちと一緒なら尚更だ。保護者が待っているのを忘れなければ良いけど」
ラウルがチラとスタッフの顔を見る。その言葉には何か含みがあるようだ。
スタッフの目がスッと細くなった。顔からは笑みが消え、纏う空気に緊張感が漂う。
「あまり遅くならないうちに帰って来れば良いけどね。学院内とはいえ、夜に女生徒が一人で歩くのは危ないだろう。友だちが寮生でなければ良いけど」
意味ありげな顔でスタッフを見てから、ラウルは中に入る。ゆっくりとピアノの元へ向かった。
一階に降りてきたスタッフが、外に出て清掃員を呼ぶ。
「どうしましたか」
「昼休みに殿下と一緒にいた女生徒の顔、分かるよな」
にこやかだった清掃員の顔つきが変わる。
「あぁ」
「その女生徒が無事に帰って来れるよう、見守ってくれ。行き先は学生街。王太子殿下のお達しだ」
「分かった」
そう言うと、清掃員はスタッフと分かれ、用具を持って離れて行った。
聖フルール学院では、警備員が定期的に敷地内を巡回して生徒の安全を守っているが、王族にはそれとは別に、専門の護衛が付いている。彼らは学院の職員として潜入し、密かに任務に当たっていた。
食堂のスタッフの中にも紛れていて、王族の警護はもちろん、生徒や教職員の会話などから情報収集をすることもある。ちなみに、王族に提供される食事は、調理から配膳まで、専属のスタッフ以外は一切手を触れることができない。
テラスから戻ってきたスタッフが、ラウンジでテーブルを拭いていたスタッフと顔を見合わせた。
「殿下が特定の女生徒を警護させるとはね」
「ご学友の妹らしい」
「なるほど」
スタッフたちは、自分の持ち場へと戻っていく。
昼休みの喧騒が嘘のように静まり返った食堂には、軽やかなピアノの音が響いていた。




