放課後 〜中央エントランスにて〜
同じ頃。
聖フルール学院、中央エントランスは、白い石で造られた神殿のような建物だ。
外には六本の柱が並び、その上には三角形のペディメントが載っている。
ペディメントには、六英雄叙事詩の一場面を描いた彫刻が施されている。
勝利を導く戦乙女
天に向かい剣を掲げる英雄王
凱旋を讃える人々
そして、祝福する花の女神
今ではもう、神話として語られるだけの物語だ。
石の柱の間を抜けて館内に入ると、吹き抜けの大ホールが広がる。
正面には大階段があり、踊り場から左右に折り返して、二階回廊へと続いている。
真鍮で縁取られた大時計が、その回廊の正面の壁に掲げられていた。
階段脇に立つアレクセイが、何度も大時計を見上げていた。
吹き抜けの天窓の向こうには、黄昏色の空が見える。
下校時のざわめきは既に消え、広いホールには静けさが満ちていた。
白い文字盤の針は、約束の時刻を少し過ぎていた。
いったい何をしているのか。今日は初日だから、一緒に帰ろうと約束していたのに。アレクセイは小さく息を吐き、もう一度、正面入り口へ視線を向ける。その顔には、珍しく焦りの色が滲んでいた。
「その顔、君らしくないね。そんなに妹が心配?」
声をかけてきたのはラウルだ。大階段の上に立ち、手すりに寄りかかって、アレクセイを見下ろしている。
アレクセイはラウルを見上げ、すぐに視線を落とした。どこか思い詰めたようにも見える。
「……怖いんです」
伏せた横顔には弱さが滲んでいる。こんなアレクセイを見るのは、いつ以来だろうかと、ラウルは思う。
「手を離すと消えてしまいそうで……」
忘れることなど出来ない。苦しそうに息をしていた妹が、静かに動かなくなった夜を。
診察していた主治医が何も言わず首を振った。
母が泣き崩れ、父はただうつむいていた。
その中で、アレクセイは何も出来ずに立ち尽くしていた。
『僕が医者になって、必ず治してあげるから』
その約束は果たせなかった。
悔しかった。
ただ立ち尽くすしかない自分が、許せなかった。
「だから医師を目指す?」
ラウルの言葉にアレクセイが頷く。
妹が還ってきたのは奇跡だ。
息を吹き返した妹は、それまでが嘘のように、元気になった。
それでも不安は拭えない。
今度こそ手の届かない所へ行ってしまうかもしれない。
「……だから、わたしがしっかり見ていなければいけないのに……」
「君のせいではないだろう」
「そんなことは分かっています。でも、それでも……」
「……なるほどね」
ラウルは天窓を見上げた。
宵闇が空を染め上げようとしている。
「これは……過保護になるのも仕方ないか……」
その声は、アレクセイには届かなかった。
ラウルは手すりから身体を離し、アレクセイの方に向かう。
「エイルが言っていたよ」
ゆっくりと階段を降りてくる。
「友だちが出来たみたいだと。同級生と楽しそうに話していたそうだ」
アレクセイがラウルを見つめる。
「今ごろは学生街かな」
「学生街」
「警備は増やしてもらった」
横を通り過ぎるとき、ラウルはアレクセイの肩に手を置いた。
「君の妹にも警護を付けるよう、言っておいた。安心すると良い」
そう言うと、ラウルはエントランスの出口に向かった。
「ありがとうございます」
振り返らずに片手を挙げたラウルの後ろ姿に向かって、アレクセイは頭を下げた。
お読みくださり、ありがとうございます。
次回は金曜日7時の投稿を予定しています。
引き続きよろしくお願いします。




