第八首 夢解の よき告げなれば 安からむ たからの生みし 子もまことにて
◇ ◇ ◇
まどひきて、占を求むる夜の右京。降り敷く星の影ぞあやしき。
――すごいところ、来ちゃった。
道を歩くかぐやは、弦一郎の逞しい背中に隠れるようにして、おそるおそる辺りを窺った。
夜の右京は無法地帯。
しかし、降るような星の下では篝火がいくつも揺らめき、どこから集まったのか胡散臭い占い師たちが露店を開いている。
湿気の中にお香が漂う生臭さを孕んだ通りは、異様な活気に包まれていた。
道端には、おどろおどろしいお面を被った呪術師、亀の甲羅を火であぶる不気味な老人、星の動きを読むと称して怪しい薬を売る男。
すれ違う者たちの目つきはどれも鋭く、かぐやの美しい顔と衣を見ては一瞬で卑しい光を宿し、弦一郎の威圧感がそれらを蹴散らす。
まさしく『占い街』の名にふさわしい混沌が、ほの暗い闇の中に広がっていた。
「離れるなよ?」
「うん……」
過去一番のヤバいデートスポットは、史上最高にドキドキさせてくれる場所でもあった。
「かぐや、やってみたい占いはあるか?」
「えぇと……」
と、言われましても。
深窓の令嬢にとって、話しかけるのも躊躇われる連中ばかり。
興味はあるものの、勇気が出ない彼女は、道の両端に広げられた露店をキョロキョロと見やるのが精いっぱいだった。
――うらぶるる 夜半の右京の ともし火に 消えぬばかりに 胸ぞ騒げる。
などと、心の中で歌を詠み上げていると、通りはついに終焉を迎えてしまった。
「おい。終わったぞ? もう帰るか?」
弦一郎が足を止めた、そのとき。
「あそこ……」
かぐやが目を引かれたのは、占い街の終わりから少し外れたところにある、一本の大きな枯れ木の根元だった。
筵も敷かず、星明かりだけを頼りに、地べたに座り込んでいる小さな影。
それは粗末な布切れを纏った、ひどく痩せた少女だった。
彼女の前には、占い道具一つ置かれていない。
ただ、その瞳だけが、暗い夜の闇に浮かぶように赤く光っていた。
「『もののけの落とし子』かい? やめておきな」
近くの露店で壺を磨いていた老婆が、低く濁った声で忠告してくる。
「もののけだとぉ?」
討魔太夫殿、ご出陣。
老婆の忠告を面白がった弦一郎は、ズカズカと少女に近づいていく。
もちろん、かぐやもその背中にピタリと張り付いていた。
彼は少女の目の前でドカリと片膝をつく。
ここに来るまでに、その佇まいだけで有象無象を散らしてきた弦一郎。
そんな彼を前にしても少女は顔色一つ変えず、どこを見ているのか、赤い両眼で何もない地面をじっと見つめていた。
「……お待ちしておりました」
透明な、綺麗な声だった。
「あ?」
老若男女、平等に猛る獅子の声が威圧する。
少女は瞬き一つせず、かすかに口元を綻ばせた。
彼女は探るように、ゆっくりと横に顔を動かす。
よく見れば、小さくまとまった美しい顔立ちをしている。
その顔はやがて、かぐやの喉元を捉えたところで止まった。
「……素敵なお殿様でございますね、夜姫様」
「盲か」
「見えないのね?」
ほぼ同時に、二人は気づく。
少女は静かに首を縦に振った。
「はい。この目は朧気にしか現を映してくれません」
かぐやは細く痩せた少女の境遇を想像して胸を痛め、目線を合わせるようにそっと屈み込んだ。
「綺麗ね。ずっと見ていたくなるような、不思議な目」
その瞳を見て、かつて帝に献上された深紅の宝玉を思い出す。
少女の目は『もののけの落とし子』と呼ばれているような禍々しさはなく、見ている者を魅了する神秘的な色合いをしていた。
「魍魎たちの目はなんというか、もっと黒ずんでいる。三つぐらいのガキに化けたそいつに、いきなり背中からぶっ刺されたことがあるが、お前は違うらしいな」
弦一郎の物騒な体験談に、少女はくすりと小さく笑った。
「どうぞ、ご安心ください。ほかの人たちは、この目を恐れて『もののけの落とし子』と呼んでいますが、私は人の子です」
かぐやはますます、少女のことが気にかかってしまう。
「名前は、なんというの?」
「ございません。誰かに呼ばれるときは『赤目』と」
ボロボロの着物に、やつれた身体。
愛惜の気持ちはみるみる膨らみ、宿縁すら感じるようになっていた。
「ねぇ、ゲンちゃん」
あと一押しが欲しくなり、隣の弦一郎にすがる。
「そうだなぁ……占いはできるのか?」
赤目の少女はこくりと頷いた。
「夜風に聞けば」
「ほう。ならば、俺のことを当ててみてくれ」
「失礼します」
ピトリと、少女が弦一郎の頬に触れた。
朧気にしか見えないはずの真紅の眼差しが、まっすぐに彼の瞳に向けられる。
『東の猛威は作られし争いでおさまる。残されたのは親兄弟にすら命を狙われた獅子の子。すべてを失った獅子の子は西で頂を救う』
何のことか、かぐやにはさっぱりわからなかった。
ただ、弦一郎が珍しく、泳がせるように黒目をあちこちと動かしていることだけは確かだった。
「……まずまずじゃねぇか。未来は占えないのか?」
「占えますが、言えません」
乱言・妖言は厳しい罰の対象。
少女の口は堅かった。
「なんだそりゃあ!? だからお前、そんなガリガリなんだろ!? そんなんで、ちゃんとメシ食えてるのか!?」
「それは……」
弦一郎に図星を突かれた拍子に、少女のお腹が「ぐぅ」となる。
そこでようやく、彼女は年相応の照れ笑いを見せてくれた。
表情を和らげたかぐやは、ちょっとすえた香りすら放つ少女へと距離を詰めた。
「身寄りはいるの?」
「この目ですから……」
少女が見せた陰りは、即座に獅子が噛み砕く。
「ちょうどいいじゃねぇか。屋敷に来いよ。俺が留守の間、この引きこもりの話し相手にでもなってくれ」
「ゲンちゃん!」
その言葉を待っていたかぐやは、ひしりと彼に抱きついた。
「だだ子は、お前が説得しろよ?」
獅子にだって怖いものはある。
弦一郎の真剣な眼差しに、かぐやは大きく頷いて見せた。
「……本当に、長らくお待ちしておりました」
少女の深紅の瞳からは、感謝の涙がしとしとと零れ落ちていた。
――まどひきて 拾ひし星の 光こそ わが棲む宿の 恵みなりけれ。




