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フィーバー☆平安物語  作者: ふるみ あまた


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第六首 もののふも 虫も刺客も 恐れじな 君が寄り添ふ この森の闇

 

 ◇ ◇ ◇


 鴨川をのぼりいずれば杣山(そまやま)の、杣人(そまびと)たちのすみかなりけり。


「おぶってこられたんですか?」


 月夜に響いたのは、おじさんボイス。


 それまで集落にさんざめいていた宴会の声はピタリと止まって、今は誰もが、突然現れたかぐやと弦一郎の姿に釘付けとなっている。


 壺装束に身を包むかぐやを背負ったまま、弦一郎は構わず、集落の代表らしき男との対話を続けた。


「ああ。森で虫取りをしようと思ってな。ウォーミングアップだ」

「虫取り? そりゃ無茶ってもんですよ。こんな闇夜で」

「黙れ、藤吉ッ!」

「わ、わしは、そんな名では」

「スマン。宮中のムカつくやつの名前を適当に言っただけだ」


 どうして、こんなに慣れた様子で庶民と話せるのだろう。他の貴族が庶民と話しているところを見たことはあるけれど、その人はなんというか、すげなし、そらなし、にべもなしで、まったく洗練されていなかった。やっぱりゲンちゃんって、すごい人だったんだ。


 弦一郎の過去について何も知らないかぐやは、武者特有のコミュニケーション能力に、惚れ惚れとするばかりだった。


「宮中? お前さん、もしかして……近頃話題の、異邦の武者かい?」

「誰が違法だ!? れっきとした合法だ!! バカモノォ!!」

「ダメだ!! 東国の人だから、まったく話にならねぇや!! こりゃあ噂に聞く、『討魔太夫』殿で間違いなさそうだ!! どうか怒りを鎮めて、勝手に通ってくれ!! その代わり、どうなっても知らねぇからな!?」

「うるせぇ!! 通行料払わせろっつってんだよ、この野郎!!」


 弦一郎は男の胸ぐらをつかむと、形の整った銅銭を何枚か握らせた。


「こ……こりゃあ、どうも」


 なんだかわからないが、筋は通っている。


 銭を受け取った男は首をかしげながらも、不器用に笑った。


「気をつけてくださいよ? 近頃はどこから魍魎が出るか、わかったもんじゃない」

「確かに。都でもどこでも、お構いなしだ。貴様らはどうなんだ? 息災か?」

「え……」


 これまで、身分の高い者から心配されたことなどなかったおじさんは、思わず胸キュン。


 月影の中でギラリと光る弦一郎の鋭い眼差しに、呑まれるように言葉を失った。


「まあ、こうして皆で集まれているのであれば、何事もないのだろう。だが、何かあったら、すぐ中央に知らせろよ? このところ務め先が遠すぎて、うんざりしてるんだ。この辺りなら、来るのにちょうどいい」

「へ……へへへ。へい」


 弦一郎は男が深々と下げた頭を一瞥すると、ふっと笑って集落を突っ切るように歩み始めた。


 いつの間にか、焚き火に集まる人々の興味の視線が、熱いものを見る目に代わっていた。


 そのことを知っているのは、彼の背中にいるかぐやだけだった。


 森の暗がりに入ったところで、彼女はふと、先週のだだ子との会話を思い出して歌を綴った。



 ――君がため 告げし言の葉 誠にて 偽りならぬ 跡ぞ見えぬる。





 ◇ ◇ ◇


 続松(ついまつ)の、灯りに浮かぶ、虫たちの森。


 都も沈む、戌の正刻。


 夜の森は弦一郎が持つ続松の焦げ臭い煙と、木々たちから出る樹液の甘酸っぱい匂いが混じり合っていた。


 彼の背中から降りて地面に立ったかぐやは、きょろきょろと周囲を見回しながら幼少期のことを思い出していた。



 帝が結成した捜索隊とともに出た、虫取り行事。


 女房たちがせっせと集めた、すずむし、まつむし、きりぎりす。


 皆、長い脚と翅を持った虫たちだった。


 少しだけなら、屋敷にも出るから何とも思わない。


 けれど、これが何十何百と集まると、もう、気持ちが悪かった。


 捕まえた虫たちは籠に入れて、鳴かせ合ったり、その鳴き声を聞きながら歌会を開いたりもしていた。


 虫たちが亡骸になれば、また捕まえに行って、籠に入れて、鳴かせ合って、歌会を開いて。


 ぶっちゃけ、すぐ飽きた。


 何だったんだろう、あの行事は。



 そういう経験もあり、かぐやは他の者のように、鳴く虫を捕まえたり見たりするのは、あまり好きではなかった。


 だが今宵、虫取りに連れてきたのは、あの弦一郎である。


 かぐやは、貴族たちとはまったく違う価値観を持った彼の、真の目的が気になった。


「どの虫を探すの?」

「ちょうど今、オオクワガタのピークタイムだからな。お前らが『ツノムシ』と呼んでるやつ。あれを探そう」

「ええぇぇ!?」


 あんなのろまな甲虫を、なぜ。


 あまりにもおったまげて、自分が口をあんぐりと開けていたことに気づいたかぐやは、サッと袖を寄せて口元を隠した。


「ど、どうして?」

「俺は武者だからな。風情ある鳴く虫もいいが、見た目が強そうなやつ。こっちの方に価値があると思ってる」


 なぁるほど。


 ツノムシたちのあの見た目は、たしかにまるで鎧武者。


 四六時中、お猛りになられている弦一郎には、もってこいの虫。


 今、目の前にいる彼はきっと、わくわくとした気持ちでいっぱいなのだろう。


 そう考えると、こっちの胸までときめいてくる。


 気持ちが高まったかぐやは、極上の歌を詠みあげようと息を吸い込んだ。


「――」


 が、弦一郎の大きくて熱い手のひらがガバッと口を塞ぎ込んできた。


「待て待て待て。テンションに任せて詠むな。お前は、すぐ疲れちゃうんだから」


 気恥ずかしくなり、頑張ってあちこちに顔を動かして、振り払おうとしてみても、どうにもできない。


 すごいパワーだった。


 ほのかに香る白檀の匂いが心地よく、頭がぼーっとさせてくる。


 それでも、むぐむぐと口だけを動かした。


「……ん、んん」


 うまく言葉が紡げない。


 彼は優しく微笑んで、むにむにと言い聞かせるように頬を弄んできた。


「よし」


 パッと手を離されると、ちょうど冷たい夜風が吹いてきた。


 その風は、顔に残っていた彼の温もりをさらっていった。


「……ごめんなさい」

「気にするな。『よし』って言ったろ?」


 いつものように、からかうように笑われる。


 惜しくも口にできなかった歌は、心の中で詠み上げよう。



 ――猛(まう)なりと いふ君が愛づる つのむしの 音を鳴かぬをも 我もみてまし。



 音もなく近づいてきたその存在に気づいたのは、弦一郎だけだった。


 ピクリと肩を動かした彼は、手にしていた続松を掲げながら後ろを振り向いた。


 目の前が彼の広い背中で覆い尽くされたかぐやは、何が起こったのかと、脇からそっと顔を出して覗き込む。


 しんと静まり返る森の道を、パチパチと爆ぜながら揺れる灯りが照らす。


 少し離れたところに、何もかもが細長い、そんな男が立っていた。


 結った長い髪を馬の尻尾のように垂らして、七尺はありそうな大太刀を携えてる。


 つるりとした肌と整った顔立ち、そして艶めく髪質まで、何もかもがあの女にそっくりだった。


 彼が、あまね三姉弟の次弟であることは、名乗らずともわかった。


「――さすがは勘がいいな、討魔太夫。ハバキリが貴様を殺しに来たぞ。どうする?」


 地を這うような低い声が、二人の甘い時間を引き裂く。


 物騒な言葉を耳にしたかぐやは、身を小さくして弦一郎の背中に隠れながら、どこかに合図はないかと視線を走らせる。


 少し目を落としたところで、こちらに向かって開かれていたのは弦一郎の手のひらだった。


 その手は『待て』と言っていた。


「おう、元気そうだな。もしそれができれば、お前は一躍、宮中のヒーローになれるだろう。だが、実力的には厳しい。万が一、できたところで、一族もろとも処刑されるのも難点だ。どうする?」


 啖呵最強。


 弦一郎の言葉が、夜の静寂に吸い込まれる。


 彼の手のひらの向こう側に立つ、ハバキリの額に、くっきりと青筋が浮かび上がるのが見えた。


「相変わらず、口の減らない男だ。厳しいかどうか、その首、撥ねて試してやる――」


 身を低くさせたハバキリが、布の巻かれた大太刀の柄に手をかけた。



 ――奔星(ほんせい)。



 ザクリ、と続松を地に突き立てた弦一郎は夜空に流れる星よりも疾く、ハバキリまでの距離を一気に詰める。


 抜こうとしていた大太刀の柄は、弦一郎の左手によって上からへし押さえられ、どれだけ力を込めようとも一寸たりと動かせず。


 戦略を失ったハバキリは顔を引きつらせ、立ち尽くすことしかできなくなった。


 至近距離から見下ろす弦一郎の瞳は、冷徹そのものだった。


「いつも言ってるだろ? どうしてもその長い獲物を使いたいんだったら、こうなったときには半歩引け、と。まあ、それをやったとしても、こう木が多くちゃあ、な?」


 はるか後ろに残されたかぐやは、その場で目を見張るしかなかった。


 歌の出番なし。


 武器も持たずに相手を封殺した彼を見て、かぐやはちょっとだけ消化不良を感じていた。


 今回は相手が人間だったということもあって、それも仕方ないか、とも思った。


「それで? ホントは何しに来たんだよ?」


 楔のように打ち込んだ手を放し、弦一郎は穏やかに尋ねた。


 ハバキリは悔しそうに表情をゆがめ、舌打ちをしながらも、その口を動かした。


「……姉上の命令だ。オオムラサキを探しに来た」

「はっはっは! お前もか! だが、オオムラサキはこの時間、寝てると思うぞ?」


 弦一郎は、ちらりとかぐやを見た。



 来たか、コレ。



 自分の出番を心待ちにしていたかぐやは、彼に向かってにっこりと笑いかけ、大きく頷いてみせた。


 弦一郎は鼻を鳴らし、照れたように眉毛をポリポリと掻きながら、ハバキリに尋ねる。


「何匹くらい必要なんだ?」

「この籠、いっぱいだ」


 ハバキリは腰にぶら下げていた竹籠を手に取って、目の前に掲げた。


『来い来い』と、手招きするゲンちゃんに従って、とことこ近づく。


 他の殿方と口を利くのも品がない。


 そう考えた彼女は、代わりに手指を動かして、ハバキリに籠を開けるように促す。


 彼は戸惑いながらも、指示通りに動いてくれた。



 よっしゃ行くぜ。



 気合を入れたかぐやは、渾身の歌を、声に出して詠みあげる。


「――いざ集へ 紫の蝶 あまずらの 尽きせぬ宿は 極楽なるらん」


 短歌最強。


 かぐやの言葉が、森の静寂を塗り替える。


 そよ風に運ばれるように、ふわふわと宙を舞う蝶たちが、ハバキリの持つ竹籠の中へ次々と飛び込んでいく。


「おお!」


 噂に聞く姫宮様の力を目の当たりにしたハバキリは、その奇跡に感嘆の声を上げるばかり。


「……大丈夫か?」

「うん、今日は平気」


 破邪の歌と違って、今回の術式は体への負担が軽い。


 心配する弦一郎の声に、かぐやは力強く答えた。


「かたじけない」

「困ったときはお互い様だ」


 友情なのか、何なのか。


 何が芽生えたのかはわからないが、大好きな弦一郎のために一役買えた。


 かぐやはフフンと鼻を鳴らし、胸を張る。


 ハバキリは下げていた頭をスッと上げると、背を向けて森の闇に消えていった。


 突き刺さった続松が静かに足元を照らす中、かぐやはふと、隣に立つ弦一郎の顔を見上げた。


 彼はまだ、ハバキリが行った道の先を眺めていた。


「あの人は、どういう人なの?」


 何気なく尋ねると、弦一郎は顔の力を抜いて、遠い目をさせながら頬に触れてきた。


「アレもまた、人の業の犠牲者。本来は姉ちゃんが好きなだけの、無害な若者だ」


 どこか寂しげな表情を見ると、慰めたくなる。


 かぐやは半歩進んで、その身をすり寄せた。


 二人で肩を並べて、夜の世界に耳を澄ます。


 清流の音は雨のように、森の音は鳥の鳴き声のように聞こえた。


「……さてと。オオクワガタを探さなきゃな。あんまり照らすなよ? やつら、光に弱ぇから」

「うん、わかった」


 人の持つ多面性。


 かぐやはそのことを思いつつ、これから始まる虫取りにはノリノリで、夜の森に突き立てられたともし火を、その手に取った。



 ――世の常の 仮の姿を 脱ぎ捨てて 闇に隠せる まことの心。



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