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フィーバー☆平安物語  作者: ふるみ あまた


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4/19

第四首 いちゃこらと 過ごしたのちは 酩酊し 繰り出す一手は 愛の神業

 

 ◇ ◇ ◇


 釣殿(つりどの)の、夜風に揺れる、水の月。


 君は橘、我は撫子。



 おうちデートは後半戦に突入。


 庭の大池を臨む優雅な釣殿で、二人はその仲を睦み合っていた。


 艶やかな髪を取り戻し、頬を桃色に染めるかぐや。


 そんな彼女に手渡された紙を見て、弦一郎は緩めていた口元を動かす。


「……好きのほか 何も持ちえぬ 月にでも 愛でて給ふや 我が一郎よ」


 詠み上げるや、彼はふんと鼻で笑い、ストレートな愛情が記されたその紙を、もじもじと恥じらうかぐやの額にペシリと叩きつけた。


「ありがとよ」


 叩かれた箇所を両手で押さえながら、かぐやは彼が大切そうに懐へと紙を収める姿を、その目に焼き付けた。


 勢いに任せ、彼女は鼻息荒く、愛しい弦一郎へと近づいた。


 距離感を間違えて、思い切りぶつかった。


「おぉ、近ぇな、おい。どうした?」


 倒れそうになった体を、弦一郎が支えてくれる。


「ごめんなさい……ゲンちゃん、私、返歌がほしいかも」

「返歌ぁ? どうなっても知らねぇぞ?」


 眉間に皺をよせ、渋る彼に、かぐやは目を大きく見開いて、こくりと頷く。


 直後、涼し気な風が、二人の間に吹いた。


「……夜夏(よか)の風 震える水面で える月の 世は堆(うずたか)き されどまろばし」



 最高、最高、最高!


 夜夏って、なに? える月って、なに? 凄くたくさん、いろんな風に解釈できる!



 型にはまらない、都にはない、全国を見て回っている者にしか紡げない言の葉の数々。


 ちょっと重たいかもしれないと不安に想った愛すら包み込んで、一緒に丸くなっていこうって言ってくれた。


 気持ちが抑えきれなくなったかぐやはその場で両膝をつき、板張りの床をバシバシ叩きつけて喜びを表した。


「これが『おうちデート』ってやつか。何やんのかと思ってたが、そんなに楽しめてるなら、何よりだ」


 弦一郎はかぐやを真正面に据えて、どかりと座り込む。


 彼はそのまま、近くにあった酒瓶を手に取り、平杯に中身をドボドボと注ぎ入れた。


 甘く芳醇な香りに風情を見出すのも束の間、彼は豪快に酒を煽ると、目を潤ませるかぐやに向けて、平杯を突き出した。


「お前もやれ」

「……うん」


 平安名物、愛の回し飲み。


 とろりと甘く、濁った醴酒(れいしゅ)が空きっ腹に染みわたる。


 たまゆらに、かぐやは夢うつつとなった。


「飲みすぎだ。無理するな」


 弦一郎は慌てて、その小さな顔が見えなくなるまで傾けていた平杯を、かぐやから取り上げる。


「甘くて、ふわっといい香りがして……ゲンちゃんみたい」


 お出来上がりになられた宮様が顔を現す。


 トロンと目尻を下げたその愛らしさに、弦一郎はたまらず彼女を抱き寄せた。


「抱き犬は好きか?」

「にゃんにゃん」

「それは猫だろ」


 だだ子に見られたら、なんと言われるか。


 月下の釣殿に、目も当てられぬ甘い世界が広がる。



 ――月影も ほろ酔ふ今宵 甘き夜に 我が肌敷きて 君を温めむ。



 キャン。


 遠慮がちに響いたのは、庭先に突然現れた狆(ちん)の鳴き声だった。


 釣殿から数段も低い砂利の上に座った小犬が、かぐやたちを見上げている。


 弦一郎は床の端まで寄って身を乗り出し、慣れた様子でその犬に話しかけた。


「どうした、夜叉丸?」


 次の瞬間――。


「……主様、ご報告がございます」


 月光に照らされていた犬が姿を変えた。


 そこにいたのは、女(めのこ)と見間違うほどの、玉のような肌をした少年。


 太刀持ちとして弦一郎に仕える夜叉丸だ。


 彼は片膝を突き、この屋敷の主であるかぐやに対しても深く頭を垂れていた。


「言え」


『討魔太夫』の目つきを取り戻した弦一郎は短く、鋭く言い渡す。


「姉上が魍魎を差し向けました。じきに、こちらへやってくるかと」


 彼はあまねの末弟でもあった。


 献身的な彼は姉には逆らえない。


 が、主人である弦一郎のことを一番に慕っている。


 望まぬ二重スパイにその身を置く悲しき少年は、今日も甲斐甲斐しく主人の身に迫る危機を知らせに来た。


 弦一郎の身が心配になったかぐやは、床を滑るようにして彼に近づいた。


 覗き込んだ横顔には、月下無双の不敵な笑みが浮かんでいた。


「無駄なことを……かぐや、歌は詠めそうか?」

「……にゃん」


 彼女は、酒に弱かった。




 ◇ ◇ ◇


 ぐにゃぐにゃと、目くるめくのは、酒の功?


 否たぶんきっと、かがり火のせい。



 弦一郎とかぐや、そして夜叉丸が足を運んだのは屋敷の外にある、角の取られた一画だった。


 北東に伸びる坂の下では、無数の光が怪しく蠢いている。


「星が見えます。赤い星がたくさん。綺麗だね、ゲンちゃん?」

「違うぞ、かぐや。ありゃ魍魎どもの眼(まなこ)だ。星は下には出ないだろう?」

「もうりょう……」



 おのれら、ゲンちゃんとこれからだと言うのに、邪魔しよって。



 恨みを募らせたかぐやは、弦一郎の胸元に寄り掛かり、痛む頭を擦りつけた。


「主様。姫宮様の御身は、大丈夫なのでしょうか?」


 夜叉丸の心配も無理はなかった。


 ふらふらとおぼつかない足取りを見るまでもなく、彼女は酩酊していた。


「見ればわかるだろう? ダメだよ。だから、俺が戦っている間、こいつのことは頼んだぞ?」

「はっ。しかし、姉上の術によって生み出された魍魎は不滅でございます。陽光を浴びれば、たちまち姿を打ち消すでしょうが、一体どうなさるおつもりで?」

「どうするもこうするもない。やるんだよ。朝日が昇るまで」

「そのような無茶は……頼れる術師か何かは、いないのでしょうか?」

「あまねの術式を破れる法力持ちなんて……」


 胸元に熱い息がかかる。


 弦一郎は一瞬だけ、かぐやのつむじに目を落としてから続けた。


「……この世にいねぇよ。それにな、夜叉丸。この世には、魍魎よりもよほど恐ろしいものがいるのを知ってるか?」

「見当もつきません」

「ここの宣旨だよ。かぐやのこの有様を、そいつに見つかってみろ。有明どころか昼、いや、下手したら一生小言をくらう羽目になるぞ?」


 重厚な威圧を放つ主人の双眸から逃れるよう、夜叉丸は静かに生唾を飲み込んだ。


「……獲物は、何にいたしましょう?」

「短いのでいい。取り回しのいい、打刀を頼む」



 顔が近いな、ダメダメ。


 ちょっと顔がきれいだからって、調子に乗るな、夜叉丸、お前、こら。


 わかるからな? そういうの。



「……だめ!」

「どうした、かぐや?」

「あぶないから、ちかづいちゃ、だめ!」

「あん? 弓で戦えってことか? それはそうなんだが……」


 念のため、弦一郎は夜叉丸に視線を送る。


 突如として作戦に割り込んできた彼女の指摘は正しかった。


 この距離ならば、弓で一方的に攻め続けられる。


 しかし、状況が悪かった。


「あいにく、今は矢筒しか……」

「だよなぁ」


 合戦ではなく、お忍び。


 いかに優れた太刀持ちとは言え、夜叉丸は弓本体を持ち合わせていなかった。



 乙女チャンス。



「ゲンちゃん?」


 閃いたかぐやは、赤子を抱くように弦一郎の顔を両手で包み込む。


「どうした?」


 あまりイチャイチャしていられない。


 弦一郎は近づいてくる魍魎の軍団をチラチラと横目で窺いながら、かぐやの手を取った。


「私が弓、つくる! 歌、詠むから、準備して?」

「詠めるのか?」

「いいから、そこに立って!」


 言われるがまま、弦一郎が立ったのは、瘴気が吹き上げる坂の縁だった。


 酔いが抜けきらず、ふらつくかぐやを、おろおろと夜叉丸が遠巻きに見守る。


「――君が手に 我が弓持たせ」


 ピキン。


 真夏なのに氷が割れるような高い音が響く。


 弦一郎の手元に、昼のような明るさが灯った。


 その明かりは形を変え、みるみる大弓と矢の姿を象った。


「おぉ!?」


 上の句の途中での武器召喚。


 これまでと違うかぐやの力に、弦一郎も驚きの声を漏らす。


「月に放たば――」


 酔っぱらいの奇跡は未だ終わらず。


 その歌の力は、東国一の荒武者の手を動かし、ぐいと天に持ち上げた。


「マジかよ!? お前……」


 彼の意思とは関係なく、ピンと張られた大弓の弦から、月に向かって矢が放たれる。


 月下にいるのは、数十を超える魍魎の軍勢。


「――星の拠り代 破邪の白雨(しらさめ)!!」



 スガガガガガガ!!!



 魍魎どもの頭上へと降り注いだのは、目も眩むほどの光の豪雨。


 不滅だったはずの怪異たちが、その強烈な輝きに灼かれ、刹那にして無へと還っていく――。



 ぷつり。


 糸が切れたように、かぐやがその場に倒れ込むと、大弓は跡形もなくその形を失った。


「……ということで、これが俺の嫁」


 かぐやが地面に激突する寸前、全力ダッシュでその身を滑り込ませて支えた弦一郎が、ドヤ顔で夜叉丸に紹介した。


「……お似合いだと、思います」


 信じられない法力を目の当たりにした夜叉丸は、心からそう思った。


「なんですか、今の光は!? 宮様!? 弦一郎様!?」

「よし! お前は、もう帰れ!」


 警報発令。


「すると、あの声の御方が」

「うるせぇ! とっとと鬼門を走り抜けるんだよ、オラァ!!」


 夜叉丸の尻を蹴飛ばし、被害を最小限に抑えることに成功した弦一郎。


 彼は死角となる壁際に身を隠しながら、腕の中で眠るかぐやの頬にそっと触れた。



 ――もののけの 群れも恐れじ この頬の 生けるを撫づれば あやつぞ憂き。



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