第十四首 果てしなき 旅のまにまに 神垣の 稲葉の御子に 会ひに行かむかな
――つとめて、深緑の森に。
かぐや一行が向かった先は、敷地内にある『朔望の大社』と呼ばれる月の神を祀る神社だった。
彼女たちが、ここで行うのは平安版新人研修。
その名も『物詣』。
訪れた神社で邪気を払い、ハードな労働にあたる使用人たちの怪我や病気を未然に防ぐ。
逆を言えば、それを名目にバカンスを楽しんでいた彼女たちだったが、今日ばかりは大真面目。
黒御影石がピシリと敷かれた境内。
かぐやは弦一郎と横に並び、その後ろには夜叉丸を腕に抱いただだ子の姿がある。
そのさらに後方では牛飼男と吉野、そして夜風までが控えており、それぞれが神妙な面持ちで式典に参加している。
全員の視線は、拝殿の階段の上に集まっている。
そこで踊り狂うは、一人の神主。
神主は白髪に白ヒゲをたくわえ、着ている衣装も真っ白けなら、バカ殿のように白く顔を塗っていらっしゃった。
「キタコレ!! え!? 来たよ!? え!? …………まだ!? まだ、来てなかったわ!! まだだ、コレ!! エイヤ!! ソイヤ!!」
よく見ると、月の模様が同じ白色で刺繍されている雅な浄衣。
それが乱れるのも構わず、神主は手に持った大麻を一心不乱に振り回し続ける。
「どうだろう!? 来たんじゃない、もう!? …………まだだよね!? 知ってる知ってる!! 久しぶりだから、こっちも!! よっしゃ!! セイヤ!! トリャ!!」
「……ぷっ」
だだ子、脱落。
「ふふふっ」
続いて、吉野も脱落しての式典は、いよいよ佳境を迎える。
「キタ!! ようやく来たね!! お久しぶり!! ちょっと痩せた!? 」
なにかを捉えたらしい神主は、手を止めダンスを止め、天に向かって話し始めた。
「いや、もう、こっちは変わらずで…………え!? まぁ、あの~、ええ、はい。相変わらず、せがれが働きません。毎日毎日、海ばっか行ってて、才能はあるのに、まったく……本当、なんとかしてくださいよ!! 助けてくださぁい!!」
ところが少し、雲行きが怪しくなってくる。
「助け…………え!? いやいやいや、私は悪くないでしょ!? どう考えたって、せがれが悪いでしょ!! なんですか、その言い方!! 今までせがれに、一体、いくらの大枚をはたいてきたと思ってるんですか!? それなのに、一文も返してもらってないこっちの身にもなってくださいよ!! ……なんですか、その目は!?」
同じニートとして、そのせがれとやらに仲間意識が芽生えたかぐやは胸が苦しくなり、弦一郎の手をギュッと握りしめる。
ほぼ同時に、神主も大麻をギュッと握りしめたという。
「なんだよ……もういい!! あったまきた!! 帰れ!! 帰れよ、もう!! せがれが出来てから、出直してこい!! バーカ!!」
怒り心頭の神主は感情に任せ、天に向かって唾を吐く。
当然、吐き出した唾は神主の顔面に戻ってくる。
だだ子と吉野の忍び笑いが、朝露に濡れた静かな木漏れ日の中に吸い込まれていく。
その後訪れたのは、長い、長い沈黙。
やがて神主は、それまで見せていた鬼気迫る表情をスッと真顔に戻すと、おもむろに烏帽子を脱いで、己が唾で汚れた顔面を浄衣の袖で拭い取った。
そのまま彼は流れるように、境内にいるかぐやたちを見下ろした。
「……息災ですね。一切、問題なし」
これにて、物詣は終了。
すかさず一歩前に出たのは、弦一郎だった。
「そんなに悩んでるなら、お前のせがれ、うちで預かってやろうか?」
「本当ですか!? なんと!! あなたは神様のようだ!! いや!! あんな、八方美人野郎よりも、全然頼りになる!!」
神主は歓喜のあまり、弦一郎に抱きつこうと舞台からダイブ。
弦一郎は難なくそれを避け、後ろにいただだ子も軽やかに身を躱し、最後尾に控えた牛飼男ががっちりと神主の身をキャッチ。
濃厚に絡み合うおじさんとおじさんをかき分け、弦一郎は境内を後にする。
もちろん、かぐやは彼のあとに続いた。
「……さぁて、それじゃあまずは『せがれ探し』からだな。海にでも行くか」
「うん!」
まずは海を目指し、二人は手を取って、歩き出した。
――とかく思ひわづらはむよりは、歩み出でまほしくなる。それなむ、旅のなぐさみなる。
(あれこれと考えるより、足を動かしたくなる。それがバカンス)
『かぐや、心の草紙』より、抜粋。
「弦一郎様! もう使用人は、いりませんよ?」
後ろからだだ子の小言が追いかけてくる。
「大丈夫だ!」
が、彼は足を止めず、自信たっぷりに謎の挨拶を残すだけ。
ウキウキとチクチクがせめぎ合った、不思議な気持ちになったかぐやは、さながら親に歯向かう不良娘のように、弦一郎と二人、荘厳な鳥居の下をくぐった。
◇ ◇ ◇
――ひるなか、水浅葱の渚に。
弦一郎が、どう決着をつけるのか。
彼に手を引かれたかぐやは、野次馬根性を丸出しで、その場所に佇んでいた。
昨日訪れたプライベートビーチとはまったく違い、周囲はごつごつとした岩群が目立つ、力強い景色が広がっている。
「ここも、海なの?」
「当たり前だろ」
――岩が根の 荒き磯辺を 常と問ふ 君が言葉ぞ いとあやしきを。
(こんなにも岩の荒い磯辺を「当たり前だ」と言い切るあなたの言葉こそ、私にとっては本当に不思議でなりません)
心の中で、思わず詠んでしまうほどの衝撃の海。
そんな彼女を尻目に、弦一郎は鷹のように眼光鋭く辺りを窺っていた。
「いたいた!」
直後、彼は駆け出した。
その勢いのまま手をグイと引っ張られたかぐやは、脇の付け根辺りがちょっと痛む。
「イタッ」
かぐやの声を合図に足を止めた弦一郎は、困り顔で彼女と向き合った。
「……ったくよぉ」
ふわり。
綺麗な大外刈りが決まる。
かぐやの見えていた風景の天地がひっくり返り、次の瞬間、彼女の全身は弦一郎の腕の中にあった。
「いくぞ、オラァ!!」
「はい!!」
平安バカップル、改めて発進。
かぐやを腕に抱き、足場の悪い岩場をひょいひょい進む、弦一郎。
目指すは神主のせがれ、一直線。
働かない姫は、働かない男と、どういった会話をするのか。
見えてきたのは、小汚い予感とニオイを漂わせる、天幕が張られた岩場のくぼみ。
なんともいえない香りを嗅ぎながら、かぐやは心の中でまた一首、詠み上げる。
――磯の香と 見まがふばかり あやしきに 君をたのみて 恐れざりけり。




