第12話 神崎 さやか
小石川村。
あの日。
夏の日。
ギンギンに暑い、夏の日。
ギラギラに射す真夏の太陽。
土から湯気が立ちそうなほど蒸し暑い。
そんな夏の日。
いつもと違うのは、静かだったということ……
静寂とは違う静かさが、そこには、確かにあったのだ。
夕立の前に感じるアスファルトの匂いを嗅いだような、そんな感覚……
あの日、神崎 さやかは、小石川村の研修場で、それを感じていた。
山奥の廃校舎。
そこに、先に向かうのは、森宮 渉たちだった。
退魔士の研修といっても小学生ばかり。
林間学校と雰囲気は、変わらない。
山奥と聞くと、男子たちは、何かがうずくようで、「カブトが」とか、「どうせゴキブリだろ」とか、緊張感のかけらもない。
その頃の渉は、とても元気で自信家だった。
そう、さやかは記憶している。
とにかく、彼女は、とても不安だった。
嵐の前の静けさに近い感覚。
男子たちがうるさいのと、嵐の前日に、大人たちが、忙しなく動く姿、それがかぶって見えてしまう。
「さやかちゃんは、僕が守るから大丈夫だよ」
渉がいった言葉。
彼の班は先で、彼女の班は、後日だった。
とても静かで暑い、夏の日。
セミが鳴いていない。
人以外、生き物の気配が消えている?
彼女は、何気なしに、そう思ったことを覚えている。
それ以外、大したことは、覚えていなかった。
とにかく、夏の終わりを告げたのは、大きな爆発音。
そして、山が一つ、消えていたという、誰もが知っている事実は、今も、そこにあるだろう。
生き残りがいたことは報じられていない。
今の彼を見ても誰も気が付かないに違いなかった。
森宮 渉。
名前を覚えている者も、こう思うだろう。
同姓同名の別人だと……
神崎 さやかの夢に、爆発音が割って入る。
彼女は、席を立とうとするが、おぼつかない。
全身にまだ血が巡っていないのだ。
ここは、職員室。
さやかは、いつの間にか眠ってしまった。
そして、彼女は、爆発音で目を覚ましたところ。
鴉神父は、そんな、さやかに
「おはよう」
と言った。
あいさつだけ、平然と彼は言った。
その後は、呑気に聖典を読んでいる。
彼女は、ムッとして眠気も吹っ飛ぶ。
「放って置いたってことですね」
何を放って置いたのか?
それは、いろいろだ。
いつの間にか、さやかが寝ていたこと。
見渡せば、彼女だけじゃない全員……いや、鴉神父は除くべきだろう。
多分、原因は、たけるとこのはの合唱で、あの、キラキラ星の歌……
天井からは、パラパラとホコリのような何かが降ってくる。
それ以降は、シーンと静まり返っている
「爆発、一回かしら?」
と彼女は思う。
神崎 さやかは、胸の辺りで、素早く十字をきった。
息を吐き出し、唇をキュッと結ぶ。
次の瞬間には、彼女は駆け出していた。
ジム机の角に手を置き、勢いを殺さぬよう、入り組んだ職員室の机の間を駆け抜けた。
それでも机が揺れる。
振動は、同じ様の机を伝わり、姫川先生の積み重ねられた資料の山へ……
机にうつ伏せに寝ている姫川先生の頭に資料の山が崩れた。
それでも起きない彼女。
鴉神父は、それをチラリと見た。さやかに話しかけるが、彼女は、彼の言うことに耳を貸さない。
職員室の引き戸が勢いよく開く。
彼女の姿は、もう消えていた。
鴉神父は、聖典を閉じると、姫川先生の方へ歩いていく。神父姿が似合う、落ち着いた歩幅。ゆっくりとしていて、それでいて一般人より早歩き。
「姫川先生、懺悔するなら、主は許しますよ」
彼は言った。
外の雨は止んでいる。
さやかは、一階の職員室を出て、階段を駆け上がっていた。
踊り場に差し掛かる。彼女は、手すりを片手で握り、そこを視点に、くるりっと方向転換をしてみせた。
シスター服には似合い乱暴な動き。
長いロープが、勢いで大きく揺れた。
見上げると、三階付近の空気がにごって見えた。
あそこだろうと彼女は思う。
そこに着いたら、階段から廊下へと飛び出ると決めた。
三階の廊下に森宮 渉がいる。
窓からから夜の光が、空気に浮かぶホコリを照らす。
渉は、気を失っていた気分。
彼の目の前には、雫がいる。
セーラー服の胸あたりから血に染まって赤いのが、暗くても分かった。
飛んでいる記憶は繋がらない。
龍蔵寺 猛が倒れている。
小葉が、渉をにらんでいた。
彼女は素手。
渉が一歩でも、猛の方へ動けば、彼女は向かってくるに違いない。
森宮 渉は、彼女に、そういう意思を感じた。
小さな体にみなぎる闘気。
守りたいという意思。
それらが、渉にはうらやましく感じられた。
彼は、雫に抱きついた。
彼女が立っているという事実が嬉しかった。
正気を失っていた間のこと。
勝敗を決しているということ。
破壊された壁は、ひどい有様だ。
その、なによりも、どれよりも、彼女が生きているということ。
それが、彼にとっては、うれしい。
目を覚ました時、誰もいなかった、あの小石川村の記憶。
でも、今は、違う。
渉は、しっかりと雫を抱きしめた。
そこにいるという事実を五感全て感じる。
脈拍、体温を、生きているということを……
「ごめん……なさい」
渉のかすれた声。
雫の表情は、驚きから優しさへて変わった。
「次は、ちゃんとする」
「名前ぐらい言ったら」
彼女は、少しほほを、ふくらませた。
「雫は、僕が守る」
彼も躊躇ない。女の子の名前なんて言い慣れてない彼だ。いつもなら、照れるてしまうところ。
でも、今は違う。
本気だから、ただ、それだけだった。
別の気配。
それは、渉のすぐ背後。
雫は、その気配に微笑みかけた。
彼は、雫を背中に隠すようにして、その気配に向き合う。
「へえ、守ってあげるんだ」
腕組みをしながら、渉をにらむ、神崎 さやかがいた。
稲光が廊下を照らす。
強い光は、全ての物を白く染める。
外が再び荒れそうな気配がしていた。




