第11話 斬る!
刀身が細く長い。
長さ二尺三寸、反りは緩やかにはじまり、刃先では強い。
銘はなく。
誰のものでもない。
柄巻きは美しく、とても高貴だった。
その刀を握る男。
空気が違う。
威風堂々と立つ男。
さっきまでとは違う、森宮 渉。
猛の指揮は止まっていた。
もちろん、小葉も動かない。
きっと、あれは踏み込んでくる。
龍蔵寺 猛は、そう思う。
森宮 渉だった者は、「霊力は、十分の一」と言った。
「十分の一だと、ふざけるな」
眼前の敵の殺意が、あまりにも強大。
霊力の大小は、驚異ではない。
使い手の技量次第……
いや、結局は、戦いという場においては、覚悟という言葉で美化されている感情。
どれだけ残忍か……
そこが、重要に違いなかった。
森宮家は死人を飼っている。
彼は、ある噂を、また思い出す。
きっと、今の、森宮 渉が、そうなのだと確信した。
死人憑き。
足りない技量を補う為に、そこに至る退魔士もいるという。
それが、きっと、あれだ!
それは、名の知れた武人なのか、
はたまた、腕の良い、退魔士かもしれない。
どちらにせよ、死してなお、戦場に身をおく輩。きっと容赦はない。
大義のあるなし?
関係ない、関係ない。
死ねば善人。
勝てば悪人。
それが、戦場だ。
廊下の幅、約二メートル。
長さは、六十メートル程度。
細長い戦場。
その端々ですら、距離を感じさせない。
それだけの威圧感を猛は、渉から感じた。
雫の声がする。
「ちょっと、手汗をかかないでよ!」
日本刀に姿を変えた彼女。
渉の刀の握り方が気に食わないらしい。
「ピーピーうるせえ! お気に入りの坊主のなんだろ? 我慢しろ」
「あらあら、人のせいにしちゃって、照れてるんでしょ?」
「縁切り刀のくせに、うるせえって言ってんだ」
雫は刀だ
銘刀だったのかもしれない……
切って、切って、斬って、切って、斬って、斬って……
奪って、奪って、奪って、奪って……
どれだけの……
どれほどの……
先を奪う。
その先を紡がせない。
刀は血にまみれ、やがて、それを吸う。
全ての想いが、その刃へ……
刀がずっしりと重くなる。
渉にとって不測の事態。
それでも、それを利用して、自らの重心を低く……
そして刀を正面に構えた。
「重い女だ」
彼は言う。
「邪魔なら捨てなさい」
彼女は言った。
「おもいのは嫌いじゃない」
彼の構えが素晴らしい。
すきのない、理想的な構え。
「私は嫌いよ」
もう、ここは、小葉の空間ではない。
職員室での歌。
キラキラ星から準備した世界、それは、はかなくも消え去った。
龍蔵寺 猛が、小葉の為に整えた世界。
中学校の廊下。
細長く小さな世界。
その終演だ。
観客は去り、大歓声は、もう聞こえない。
小葉の歌は、もう響かない。
彼女が歌っても、それは、もう、耳障りな金切り声でしかなかった。
いずれ、すきが生じる。
それは、渉のすきかもしれないし、小葉なのかもしれない。
どちらにせよ、動く。
にらみ合う、渉と小葉。
龍蔵寺 猛は思う。
きっと小葉が動く。
彼女の方からだ。
彼が、小葉に、そのように仕組んだ。
それは、相手を斬るためではない。
斬るは手段。
目的は、その先。
彼女を生かす為の仕組み。
生き返らせたいという一心。
幼い我が子。
親なら、誰だって……
きっと……
その術が、あれば、そこにすがる。
他者が犠牲になっても、そこを目指す。
そこを……
きっと……
なのに、猛には、渉が踏み込んで、小葉が斬られてしまう未来しか、視えない。
我が子が二度死ぬ。
それは、嫌だ。
猛は、指先を、わずかに動かす。
渉の眉が、かすかに動いた。
中学校の三階。
そこの廊下。
教室側の壁が、廊下に向けて、激しく爆発した!
コンクリート片に、廊下側の窓の破片、ガラス片が入り混じる。内装の石膏ボードは、粉々に砕け散り、砂煙りも舞った。
猛は、直前に、小葉に指示を出している。
彼女は、きっと、爆発に紛れて、教室へ逃げ込んだはず。
猛の指示は、小葉には絶対だ。
なんといっても小葉は、死体なのだから……
そして、彼にとって、大切な、大切な娘だ。
それを、また失うのは、死ぬことより恐ろしい。
だから、猛が、前へでる。
「父ちゃんが、時間を稼いでやるからな!」
武器を持たない丸腰。
勝ち目はない。
それでも、
「一発、ぶん殴ってやる!」
という意気込みだけ。
死は、怖くない。
失うことが恐ろしいのだ。
渉は、一歩、踏み込む。
彼にとって、爆発の衝撃も、そこに、混じる破片も、驚異には、なり得ない。
ほほに、ガラス片が、かすめる。
もちろん、肌が傷つき、血がにじむ。
今の渉にとって、どうでも、良いことだ。
一歩、前へ。
向かってくる者は、斬る。
ただ、斬る。
斬るが目的で、その先は、知らない。
そのまま、渉は、刀を振り下ろす。
そして、斬った……
砂煙は、直ぐに止む。
龍蔵寺 猛の拳は、渉には、届かなかった。
いや、猛は、渉の間合いにすら、届いていない。
彼の全身は、小さな背中に阻まれた。
小さな背中。
彼の娘だった死体。
それが、彼の行く手を、かばうようにして阻む。
猛は、両の拳で、廊下の床を叩いた。
「なぜた!」
小葉の刃が、床に弾む。
斬り落とされた刃先が、床に弾んだ。
甲高い金属音が、二度、三度……
神斬りの一閃。
なにものの阻むことを許さない一閃。
それを生み出す刃は、綺麗に斬られた。
渉の刀は、振り下ろされた状態だ。
小葉の体が、真っ二つ。
猛の脳裏に浮かぶ。
床に転がる、小葉の刃を、彼は素手でつかんだ。
そのまま、渉へ……
「興が醒めた」
渉は、猛の力任せの一撃を、ヒラリとかわす。
もう一度。
猛に止まる気配は、ない。
渉は、つまらなそうに言う。
「娘に、感謝しな」
猛の、もう一度は、また、渉の間合いに入れない。
入れない。
小さな背中が、彼の目の前にある。
両手を広げ、渉に「やめて」と、体でいう彼女がいた。
猛の視界がぼやける。
胸の奥から、熱いものが込み上げる。
言葉が出ない。
娘……
そんな、はずはない……
猛は、膝から、床に崩れた。
彼の前には、両手を広げた小葉がいる。
とても小さな女の子だ。
渉が、刀を鞘に収める仕草をする。
刀は、形を失い、セーラー服姿の雫が姿を現した。
「意外に軟弱なのね」
彼女は言う。
「ふん、こんなの斬っても、つまらんだけだ」
渉は、雫から目をそらした。




