08. 目覚め
「――っ」
ハッと、アルフは目を見開いた。
体を強張らせ、キョロキョロと目線だけをさ迷わせる。
見覚えのある自室。
ベッド脇に、白衣の女性が座っていた。見覚えのある女性だ。確か、アートライド家の主治医の助手だったかと思い出す。
その女性はアルフが目を覚ましているのに気づき、慌てて立ち上がってドアの外に叫ぶ。
「医師、医師!!アルフレッド様が目を覚まされました!誰か、医師をお呼びして!!」
そのあと女性はアルフの手を取り、脈をはかる。
アルフは力の入らない体で起き上がるのを諦め、首だけを動かして室内を見回す。
(……えっと……何だったっけ……)
自分の身に一体何があったのかを考える。
(確か……)
まだ上手く噛み合っていなかった思考が、不意にカチリと嵌まった。
(ああ、そうだ。流行り病)
己が病に倒れたのを、アルフは思い出した。
動かない体に随分長く寝込んでいたようだと思うが、さて、正確にはどれくらいだろうと窓の外に目をやる。
窓から見える庭木の葉は青々としている。寝込んだ当時は確か葉が青くなりはじめた頃だったから、少なくとも十日ほどは経過しているだろうか。
そこまで考えたとき、主治医が部屋に入ってきた。
「アルフレッド様、御気分はいかがですか」
「――ッ、ゲホッゲホッ」
返事をしようと息を吸った瞬間、大きく噎せた。
なんとか落ち着かせて喋ろうとするが、出るのはヒューヒューと喉を空気が通る音。
(これは、まさか……)
アルフには、とても聞き覚えのある音。
「アルフレッド様?どうかなさいましたか?」
「……」
アルフは黙って喉を指差した。
「……まさか、声が出ないのですか……?」
頷くアルフに、主治医は顔色を変えた。
「ダート、それは本当なのか?」
「……残念ながら」
エトランドに問い質されて、アートライド家の主治医であるエルナン・ダートは重々しく頷いた。
その答えに、マーリアがわっと顔を覆う。
ダートは今、アルフが声を失ったことを報告したところだった。
「そんな、あの子はまだ五歳になったばかりなのに……っ」
肩を震わせて嘆くマーリアを気遣いながら、エトランドはダートに報告を続けさせる。
「これは、アルフレッド様が目を覚まされてから描かれたものです」
ダートが差し出した紙には、複雑な陣が描かれていた。
「これは……?」
「肉体の中を透かし見る陣です。これでアルフレッド様と、健常な男女、大人と子供四名の喉を比較しました。結果、アルフレッド様の声を出す器官は既に死んでいると言わざるを得ません」
「死んで……治癒術では、治らないのか……」
「はい」
エトランドは陣の描かれた紙をじっと見つめる。
「……それで、今後の治療計画は?」
「アルフレッド様の体調が安定し次第、この死んだ器官――声帯を、切除します」
「!?切除――喉を、切る、ということか」
「そんな!?」
この世界に、外科手術はない。外科治療は治癒術で行われるし、内科治療は薬師の仕事だ。軽い外傷には傷薬や湿布が使われるが、体に刃を入れて治療するということはない。
青ざめるマーリアの肩を、エトランドは抱き寄せる。
「それは……どうしても、切らなければいけないのか?」
「はい。アルフレッド様の声帯は、熱で肥大化した状態で死んでしまったので、もう小さくなることはありません。そして、気管も食道も圧迫しているので呼吸がし辛く、固形物を嚥下することも出来ません」
「………………」
苦い思いで、エトランドはアルフの声帯切除の許可を出した。




