07. 流行り病といつかの夢
アートライド公爵家の屋敷の空気は、重かった。
「あなた……っ」
「マーリア、しっかりするんだ」
「でも――っ」
「辛いのはアルフだ」
「だって、あんなに苦しんで――!」
二人にはなす術もなく、ただ嘆くことしか出来なかった。
アルフが五歳になった年、シグサイ国は流行り病にみまわれた。
国はすぐに罹患者を隔離し薬を無償で提供したが、それでも少なくはない死者が出た。
そしてアルフも、流行り病に倒れた。
傷を治す魔術はいくつかの属性に存在する。
四肢を切断するような怪我でも、術者の能力次第で繋げることは可能だ。しかしその場合、切断された部分が必要で、腐っていたりするとダメになる。
伝説の時代には腐敗部分を取り除き、取り除いた分成長させて繋いだなどという話が残っているが、真偽のほどはわからない。
大昔のヒトには出来たとしても、現在の者たちには不可能だろう。過去の知識は廃れ、細胞などというものを今のヒトたちは知らないからだ。
そして、死んだ者は生き返らない。
解毒の術もある。
体内に入り込んだ異物を排除すればいいのだ。その際何が異物かを判断するのが最も大切なことだ。
病気を治す術は、存在しない。
理論はある。例によって、伝説の時代のものだが。
使える者はいない。使えない術は無いも同然だ。
各種ウイルスに対応した抗体をつくる、と、簡単にいえばそれだけなのだが、それがなかなか上手くいかない。前世で少々の医学を学んでいたアルフだが、あくまでも自分の症状に関する事だったので、分野が違う。
医師の見立てでは、あと三日のうちに熱が下がらなければ命はないだろうということだ。
エトランドは毎日領内の様子に気を配りながらもアルフの容態に顔を曇らせ、マーリアは毎日、一日中祈りを捧げていた。
医師の処方する薬を服用しても、結局は本人の体力勝負である。他の罹患者の例を見ると、アルフの年齢は死亡率が高い。
「ああ、アルフ、アルフ」
医師に宣告された三日目。アルフの寝室への入室を禁じられているマーリアは、扉にすがりついてアルフを呼ぶ。
医師の話では、少し熱は下がったそうだが、安心できる数値にはまだ遠い。
アルフの命の期限が、迫っていた。
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熱に浮かされるなか、アルフは夢を見ていた。
それは三崎秋晴の夢だった。
それはある一兵卒の夢だった。
それはある農民の夢だった。
それはある下級貴族の夢だった。
それはある父親の夢だった。
それはある軍人の夢だった。
いくつもの人生を夢に見て、ああ、起きたときにはきっと覚えていないんだろうなとアルフはぼんやりと思った。
自分をどんどん遡って、不意に真っ白な空間に放り出された。
(――ここは……?)
何もない、真っ白な空間。不意に目の前に、光のかたまりが現れた。
(うわ!?)
驚いて身を引こうとしたが、体が動かない。
「何だ貴様は」
「我は、お前の世界を管理している神だ」
「はあ?神?」
「お前が信じようと信じまいと、関係ない。我は神である。それが事実だ」
「ふぅん?で?その神さんが一体俺に何の用だっての」
「お前には、我の仕事を随分邪魔された」
「邪魔だぁ?何のこったよ」
「お前、随分殺したな」
「……んだよ、そんなことかよ。別にそこまで多くはねえだろ?有名な将軍サマとか、お偉い魔術師とか、俺以上に殺してるだろ」
「そういうことではない。お前は、我が使命を与えた者ばかり殺した」
「使命ぃ~?」
「お前が殺した兵士は、次の戦場で功績をたて、昇進を重ね、いずれは終戦に導くはずだった。お前が殺したせいで、終戦が二百年は延びた」
「へぇ~、二百年。そりゃすげえ」
「歴史の節目に大きな役割を担うものを、お前は悉く殺した。使命を与えた者には我の加護がついている。にもかかわらず、お前は彼らを殺した」
「ははっ、アンタの加護より、俺のほうが強かったってわけだな」
「まったく持って信じがたい。なぜお前のような存在が生まれたのか。何度お前を排除しようとしても、お前は生き延びてしまう。お前のせいで、世界のバランスが大きく崩れた。」
「はぁ~?ンなこと知ったことかよ。アンタの力が俺より弱かったせいだろ?俺のせいじゃねえじゃん」
「……とにかく、ようやくお前が死んでくれたので、これからお前には、今まで世界を狂わせた責任をとってもらうことにした」
「………………あ゛あ?」
「お前はこれから、何度でも生まれ、何度でも死ぬ。死因は、お前の手口の喉の損傷」
「おい」
「お前の魂はやたら強いようだから、何度繰り返すかは正直分からん」
「コラ」
「誕生と死を繰り返すことで、お前の魂は磨耗する。そのぶん研鑽を積むことにもなるが、それは仕方がない」
「ざけんなよコラ」
「いっそお前の魂を直接贄にして世界を立て直したほうが簡単なのだが、お前のために毎日祈りを捧げているものがいるので、転生の際に生じるエネルギーで世界を修復することにした」
「祈り……?」
「妹がいただろう。もういいだろう。では、せいぜい以後の人生を楽しむがいい」
「妹て、ちょ、待てコラ、オイ!!」
(あー、これは、もしかしなくても俺の転生人生の始まりってことか)
喋っているのは自分の体のように感じるが、自分で動かすことは出来ない。
叫ぶ男の声が遠ざかると共に、真っ白だった世界は暗くなり、何も聞こえなくなった。




