09. 術後
ベッドのシーツに、特殊なインクで陣を描いていく。
これは血液の流れを緩やかにし、出血を抑える効果がある。
描き終えると、アルフはその上に横になる。
眠りの術をかけられ、アルフは眠りに落ちた。
そして目を覚ました時、アルフは声帯を失っていた。
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「――――」
アルフは右手の人差し指を立て、指先から魔力を放出する。
ぐにぐにと魔力を捏ね回し、やがて文字を形作る。
空中に、透明な文字でアルフの名前が浮かんでいる。
少し考えて、今度は細い紐状の魔力を放出し、紙に字を書くように魔力で空中に字を書く。
この世界の文字は、日本語ではなく英語タイプなので、一文字ずつよりもまとめた方が読み手には読みやすい。
書きやすいのは一文字ずつだが、使う時はまとめて文を書く方がいいなと一人頷く。
後はもっと素早く文字を作れるように慣れることと、今のままでは魔力操作が苦手な者には見えにくいし、文字に気づかせる必要があるので、その点の改良を施すことだ。
(ただの魔力だと、見ようと意識しないと見えないよな。みんな普段から魔力を意識して生活なんてしてないし、やっぱり可視化させないとダメだよな。うーん、光の屈折を操作する、のは、その都度周囲の空気の調子を調べて屈折率を操作しなきゃいけないし、今のところこの案は保留だな。どうしても他の案が浮かばなかったらまた検討しよう。じゃあどうするかなー。……色でも付けてみるか?えーと、確か属性を思いっきり強めると色がつくんだよな。でも、いちいちそこまでするのもなー……っと?)
失った声の代わりの意思伝達手段を模索しているアルフを、エトランドが抱き上げた。
「?」
「ああ、すまないアルフ。急で驚かせたか」
『大丈夫。おかえりなさい』
アルフは早速試してみた。
魔術を得意とするエトランドは、流石に目の前で魔力操作をされて気づかないわけがなく、文字を読み上げて目を丸くした。
「驚いたな、アルフ。へえ、これならアルフが何を言いたいかわかるな」
『まだ要改良』
タイムラグを考えると、どうしても単語になってしまう。
それで意思の疎通が出来ないわけではないが、やはりどうしても違和感がある。
「そうかそうか。アルフは努力家だな」
満面の笑みでアルフの頭を撫でるエトランドは、誰がどう見ても親バカだ。
『それで、どうかした?』
急に抱き上げたりして、いつもと違う父の様子に、アルフは訊ねた。
「あー、うん。陛下がな、アルフの回復祝いに城に招きたいと言うんだ」
『陛下。母上のお兄さん?』
「ああ、そうだな。お前の伯父さんになる」
「……」
渋る様子の父に、アルフは首を傾げる。
『父上は、嫌?』
「いやー、嫌というわけではないんだが。まあその、なあ?」
何かを誤魔化そうとする父の目を真っ直ぐに見つめていると、やがて観念したのかエトランドはため息と共に話し出した。
「陛下は、何の問題もないんだよ。お前のことも可愛がってくれるさ。ただ、物の分かってない馬鹿な貴族共がうるさいことを言うだろうと思うと、どうにも行く気にはなれなくてなぁ」
アルフはマースが話してくれたことを思い出す。
つまり、エトランドが王位に何の興味もないことを理解しない部類の貴族が、息子を連れて王に会うことを勘繰って嫌味を言ってくるだろう、ということだ。
エトランド自身はいまさらそんなことを言われても痛くもかゆくもないだろう。
つまり今回渋っているのは、アルフのためということだ。
『大丈夫』
「アルフ?」
『父上と一緒。大丈夫』
にっこりと笑う息子に、ああ、この子はすべて理解して、それでも笑ってくれるのだと、嬉しくなると同時に哀しくもなった。
エトランドはその哀しみを欠片も表に出さず、ありがとうと笑った。




