10. 初めての王都
少し高い位置にある馬車の窓にしがみついて、アルフは外を眺めていた。
ガタガタと揺れるのは少しも気にならない。
初めて見る王都に、アルフは目を輝かせていた。
(おおー、なんだかんだで領地で街に出たことはなかったからな。新鮮新鮮)
馬車は商業区を抜け、住宅街に入った。
王都は、王城を中心に円形に広がっている。
王城の周りには貴族街。つまり貴族が屋敷を構える地域になる。もちろん、アートライド家の王都における住まいもここにある。
次が高級住宅街。貴族ではないが裕福な商人などが居を構える。
次には一般の生活水準の者達が暮らす住宅街。
そして商業区があって、街壁となる。
商業区の入り組んだ路地の奥には、王が無くそうとしても無くならない、貧民街がある。
貴族街と商業区が少々離れているが、貴族の屋敷には大抵御用商人というものが決まっていて、品物のほうからやってくるので問題ない。
急な入用のときは使用人が走ることになるが。
馬車は住宅街から高級住宅街、貴族街へ進んでいく。
屋敷の向こうに見える王城を見て、アルフは小さく息を吐いた。
楽しそうな息子を楽しそうに見ていたエトランドはそれに気づいた。
「アルフ、緊張してる?」
『少し』
「大丈夫だよ、父様も一緒にいるから」
アルフの快気祝いだから、何か欲しい物でも考えてたらいいよ、と笑う父に、アルフも笑顔を返す。
陛下への謁見、と聞かされて以来、考えていることがアルフにはある。
そのための緊張だが、誤解されているならそれでべつに構わない。
やがて馬車は、王城への門をくぐった。
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(……父よ、顔パスか……)
さて、今現在、アルフは謁見の間にいる。
城への門をくぐるとき、エトランドが小窓から顔を出しただけで通れたときは驚いた。
そして馬車を降りて、城内に入るときもエトランドが何か手続きをとったようには見えなかった。
城に入り、先導の係りの者の後について進むエトランドに、通り掛った何人もが立ち止まって頭を下げる。ちらりと振り返ってみたが、通り過ぎてもしばらくはそのままの姿勢だった。
謁見の間の前には、謁見の順番待ちをしている人々が列を成していた。
しかしアルフたちはその列には並ばず、別室に案内された。
そこはテーブルと椅子が置かれており、二人が入ると控えていた使用人がお茶の用意を始めた。エトランドがテーブルの上にあった菓子を取り渡してくるので、アルフは遠慮なくそれを食べた。美味かった。
そしてそう待たされずに、入ったのとは別の扉が開いてその先に促された。
その扉は謁見の間に繋がっていたのだ。
つまり通された部屋は、あらかじめ予定されていた者とか、いつ行っても優先的に会える者とか、そういう者たちのための控え室で、謁見の間の前に並んでいた者たちとは扱いが違うのだ。
シグサイ国国王、ナサナエル・リュース・ルートガー・マクス・アランシア・シグサイは、一国の王としては若い王だった。エトランドよりも二つ年上なだけだ。そして互いの母が姉妹なだけあって、よく似た容姿をしている。続柄としては従兄弟だが、兄弟のように見える。
エトランドは従兄弟であり義兄である国王と、取次ぎを挟まず直接会話していた。
「アートライド領も、流行病が落ち着いたようで何よりだ」
「はい、陛下には薬を手配していただいて、大変助かりました」
「気にするな。アートライド領だけの問題でもないからな」
それから少し挨拶代わりの雑談を交わし、それで、とナサナエルはアルフに目を向けた。
「残念ながら、我が甥は声を失ってしまったそうだな」
「……はい」
「喉に刃を入れた、と聞いたが?」
「はい。声を出す器官が死んでしまい、それを放置しておくと呼吸も食事もままならないと結論が出ましたので」
「そうか……。まだ幼いのに……私は、声も聞いたことがなかったのにな……」
本当に残念そうに言うので、アルフは悪いことをしたわけでもないのに罪悪感を覚えた。
「声以外は、もう大丈夫なのだろう?病が癒えた祝いに、甥に何か贈り物をしたいな。なにがいい?」
通訳をしてくれるつもりの父に、アルフは宙にゆっくりと指を滑らせ、自分で伝えたいと書いた。勿論魔力は使っていない。
「陛下、アルフレッドが魔力を使うことを許していただけますか?」
「何?……ふむ、許そう」
小さく首を傾げた後、面白そうな顔をして許可を出した。
それにアルフは頭を下げて礼をし、魔力で文字を綴ろうとして――動きを止めた。
(やっぱり、取次ぎの人にするべき?陛下と直接話してたのは父上だから許されてたことだろうし)
取次ぎと自分を見比べる甥に、何を考えているのか察したナサナエルは、賢い子だと感心しながら言った。
「よい、アルフレッド。直答を許す」
その言葉にまた礼をして、アルフは今度こそ文字を綴った。
ナサナエルの前に現れた文字は、こう綴っていた。
『アートライド公爵家の、継承権を放棄したく』




