11. 快気祝い
『アートライド公爵家の、継承権を放棄したく』
アルフはそう願った。
「――ほう」
目の前に現れた文字に、ナサナエルは軽く目を見開き、感心したように声をあげた。
興味深い目でまじまじと眺め、アルフに目を向ける。
「これはお前の魔力か。成る程、面白いことを考えたな」
それにアルフは頭を下げて応えた。
「エトランド。お前はアルフレッドの願いを知っているのか?」
「いえ、存じません」
「そうか……」
ふむ、と考え込むナサナエルに、エトランドはアルフの願いの内容を訊けない。
気にはなるが、訊けない。
ここは謁見の間であり、個人として会っているわけではないのだから。
内心「そんな事言われたら気になるだろうがはっきり言えよ」と思っていても、訊けない。
「アルフレッド、本気か?」
『はい』
迷いのないアルフの目に、ナサナエルは子供の戯言と片付けるのをやめた。
「理由を聞こう」
『声を失いました』
「こうして話をできるくらいに達者に魔術が使えるのなら、それは大したマイナスにはならんな」
『それだけでこなせるほど、貴族の当主というのは甘くないでしょう?』
「ほう、お前にはそれがわかっていると?」
ナサナエルは楽しそうに笑う。
エトランドの位置からは――いや、この場にいる誰からも、ナサナエルの前で綴られる文を目にすることが出来ない。
アルフが、この場では条件は変わらないからと、ナサナエルの目前で像を結ぶように可視化させているからだ。
だから、息子と従兄弟が何を話しているのか、ナサナエルの言葉から推測するしかない。
しかし聞こえてくる声からは、内容の推測が難しい。
「それで?その後お前はどうするつもりだ?」
『騎士になりたいと、思っています』
「ほう?」
『陛下に継承権放棄を願い、両親には弟を願います。私は、騎士に』
「…………」
ナサナエルはアルフをじっと見つめる。
アルフはその目を真っ直ぐに見返す。
「………ふ…」
「陛下?」
玉座に背中を預け、俯き気味に片手で顔を隠し、肩を振るわせるナサナエルに、困惑の声を上げたのは誰だったろうか。
「ふふ、ふはははは」
「へ、陛下…?」
周囲の困惑した様子に構わず、ひとしきり笑って満足したのか、最後に大きく息をついて呼吸を整える。目じりをぬぐったのは、笑いすぎて涙が出たのか。
「面白い。面白い息子を持ったな、エトランド。いいだろう、我が甥、アルフレッドの願い、聞き入れよう」
『ありがとうございます』
アルフは静かに礼をする。
エトランドは、困惑顔で二人を見比べ、ナサナエルに訊ねた。
「――陛下、どういうことか、教えていただいても?」
ナサナエルは無造作にそれに答えようとして、ふと思い直してニヤリと笑う。
「ならん。知りたくばアルフレッドに尋ねよ。それがアルフレッドの義務でもあろう。――ただ、忘れるなよ、エトランド。余はアルフレッドの願いを聞き入れたのだからな」
人の悪い笑みでそう言って、ナサナエルは謁見は終わりだと告げた。
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「それで、アルフ。陛下には何を願ったんだい?」
王城からの帰りの馬車で、我慢できなかったエトランドがアルフに訊ねた。
『継承権の放棄』
「………………は?」
端的なそれに、エトランドは読み間違えたのだろうかと何度も目を走らせる。
『ですから、アートライド公爵家の、継承権の放棄を』
何度読み直しても間違えていなかった上に、さらに重ねてもう一度。
「え……ええええええ!?」
常にないエトランドの叫びに、何事かと護衛についている騎士が外から声をかけるが、それに答える余裕はエトランドにはない。
「え、えええ?何で?どうしてそんなこと」
『喋れないのでは、舐められますから』
「いや、そりゃ、確かにそうだけど、でもそんな」
『父上と母上からの快気祝いは、弟がいいです』
「えええーー」
にっこりと笑う息子に、エトランドは最早言葉もなく、王都に一泊する予定を切り上げ、自領に戻るよう御者に告げるのが精一杯だった。




