12. 王都からの客人
「それでアルフ、一体どういうことなのかな?」
「あなたこそ、一体どうしたっていうの?今日は王都に泊まってくるはずじゃなかったの?」
屋敷に帰り着くなり妻を呼び寄せたエトランドは、アルフの両肩に手を置いて問い詰める。常にない夫の息子に対する態度に、マーリアは戸惑う。
「マーリア、アルフは陛下に、公爵位の継承権を放棄したいと願ったんだ」
「……、え?」
マーリアはきょとんとした顔で首を傾げた。
思いもかけないことを言われて、思考が追いついていないようだ。
「ええと、それは……どういうことなのかしら?」
未だ理解が追いつかず、マーリアはアルフに直接訊ねた。
『声を無くして、他の貴族に舐められます』
「そんなものは、どうだってやりようがあるさ」
言い募るエトランドに、アルフはゆっくりと首を横に振る。
『もう決めたんです。だから、父上と母上からの快気祝いには、弟が欲しいです』
「お!?」
「あらあら」
アルフに言われて、エトランドはギョッとして顔を赤くし、マーリアは頬に手を当てて笑った。
「――アルフは、お家を継がなくても家の子よね?縁を切って出て行ったりしないわよね?」
にこやかな笑顔から一転、真剣な顔をしたマーリアの問いに、アルフはしっかりと頷いた。
『はい、それは当然です』
マーリアはエトランドと場所をかわり、正面からしっかりと視線を交わしてアルフを抱きしめた。
「ねえ、あなた。お兄様も認めたことなら反対しても仕様がないし、アルフが私たちの息子であることに変わりはないのだから、あなたもアルフを認めて、アルフへのプレゼント、協力してね」
「…………はい」
それでもやっぱり完全に納得はいかないエトランドは、力なく頷いた。
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王城にてアルフが継承権の放棄を宣言してから数日して、王都から一人の男がやってきた。
「はじめまして、アルフレッド様。ヴィレク・セオ・ルードゲイルと申します」
にっこりと柔らかく微笑むその人物は、少年から青年への過渡期に見える容姿をしていたが、聞くところによるともっと年長らしい。
エトランドよりも年上と聞いてアルフは驚いたが、そもそもエトランド自身、アルフが思っていたよりも年上だったのだ。
この世界は、保有魔力が多ければ多いほど長生きをするそうだ。
元々は魔族の特徴だったが、混血が進み今ではヒト全体に当てはまる。
混血前の人族の平均寿命が八十年ほど。これをベースにして、魔力量に応じて寿命が延びる。
幼少期は普通に成長し、大抵は二十代前半で成長が止まる。中にはもう少し進んで三十ごろだったり、逆に十代で止まる者もいるが、少数派である。そして寿命が切れる前に徐々に老化が始まり、亡くなる。
ヴィレクは十代後半に見えた。しかし、軽く二百年は生きているそうだ。
『はじめまして』
ヴィレクの前に文字を綴る。
最近は魔力に属性を付けている。そうすると色がついて見えやすいのだ。
眼前に浮かぶ文字を、ヴィレクはまじまじと見つめる。うんうんと頷きながら、いろんな角度から文字を見る。
『……あの…?』
「ああ、申し訳ありません。私、近衛騎士団で副団長を勤めさせて頂いております。本日は、陛下の命を受けてこちらにお邪魔した次第です」
『陛下の?』
「アルフレッド様は騎士になるのをお望みとか」
『はい』
「陛下には、そのための手助けをするよう仰せ使いました」
『手伝い……?』
「はい。一口に騎士といっても色々ありますから、まずは基礎訓練をしながらどのような騎士になるかを見極めていきましょう」
『どんな、騎士に……』
アルフはテーブルの上からティーカップを取り、中を覗き込む。
ぼんやりと映る顔は、幼さに見合わないしわを眉間に寄せていた。
「今からそんなに悩むことはありませんよ。まだ時間はいっぱいありますから、ゆっくり決めていきましょう」
はい、と頷きかけて、ふとアルフは首を傾げた。
(あれ?ええと……ひょっとして、ヴィレク――さま?は、ずっとこっちにいるのかな?仕事はいいのかな?)
アルフの表情から何を考えているのか大体分かったヴィレクは、くすりと笑う。
「アルフレッド様は今五歳ですから、とりあえず二年後の学院入学までこちらにお世話になることになっています」
(ん?)
『学院?』
「はい。この国では、子供は七歳から学院に通うことになっているんです。アルフレッド様はおそらく、王都の学院に通われるはずですね」
『王都?』
「勿論こちらの領にも学院はありますが、高位貴族は大抵王都の、その中でも名門といわれる学院に通うのが通例となっています」
『王都……ということは、向こうで暮らすのですか?』
「おそらく。アートライド公爵様も奥方も、王都の別邸に居を移されると思います」
(うん、さすがに七歳の子供一人でとかないよな)
アルフは紅茶を一口飲んで気を落ち着けて、カップをテーブルに戻した。
『では、よろしくお願いします、ヴィレク様』
「アルフレッド様、私のことはどうぞヴィレクと」
『いえ、教えを請う身ですから』
アルフのその言葉に、ヴィレクはふっと笑った。
「わかりました。では、これからよろしくお願いします」
差し出された手を、アルフはその小さな手で握り返した。




