05. 初めての魔術
人生の転機というものは、突然やってくる。
そのことを、アルフは嫌というほど良く知っていた。
二歳から始めた魔術の訓練。
最初に少々の失敗はあったが、それ以降は順調に進んだ。
アートライド家は魔術師の家系になるが、健康のために多少の運動はする。
剣と魔術の修行に明け暮れ、書斎の本を読み漁る日々だった。
この世界における魔術とは、体内を廻る魔力を詠唱により体外への影響力を強めたものである。
訓練開始時にアルフがやったように、魔力を操るだけならその意思一つがあればいい。
しかし体外で何らかの現象を起こしたければ、魔力に導を与えてやらなければならない。それが詠唱である。
複雑な現象を起こしたければ、それだけ詠唱も長くなる。
しかしこれは必ずしも万民に適用される理論ではない。
魔力の導き方が上手ければ、その分詠唱は短くできるし、無詠唱も可能になる。
(無詠唱。それイイ)
その記述を見つけた途端、無詠唱がアルフの目標になった。
魔法など存在しない世界で成人するまで生きた記憶を持つアルフにとって、呪文を詠唱するのは些かハードルが高いのだ。
魔力そのものに、属性、というものは無いが、発現させやすい現象は個々によって異なる。
魔術で起こせる現象は多岐にわたる。というか、理論上は人の想像力の許す限り可能である。
これは“理論上は”と述べた通り、実際には人々は既に確立された理論の上をなぞるだけでしかない。
こういうことができれば便利だ、と思っても、それを実現させる導が判らないのが一般的である。
さて、一般に確定されている属性は、火、水、氷、風、雷、土、光、闇、空間、その他となっている。
現代日本人の感覚としてはもっと少なくまとめられるが、この世界では水と氷は別物で、雷がどうして発生するかもわかっていない。空間に至っては発見された古文書に書かれていたものをそのまま使っているだけで、理解している者などいない。
その他、というのは、前にあげたどの属性にも分類できないものを言い、新たに開発される術の大半はここに入れられる。
己の得意属性が何かを調べる方法は特に確立されておらず、実際に使ってみてその感覚で判断するしかない。
「それではアルフレッド様、まずは火属性からどうぞ」
修行を始めて一年。三歳になったアルフを中庭に連れ出し、マースは言った。
アルフは両手を体の前で向かい合わせ、手のひらの間の空間に意識を集中させる。
「――火よ」
唱えた言葉は、初心者がまず使う言葉。
手のひらの間に魔力が集まり、炎を灯す。
マースの顔を窺い、頷いて返すの確認して手のひらで炎を押し潰す。両手は魔力で保護しているので、火傷などはしない。
水、氷、風と、順に試していき(その他はこの方法では確認できない)、一通り試し終えて――首を傾げた。
「マース、どれも同じかんかくでつかえたんだけど」
「そうですねぇ、初めてにしては威力は強い方でしたから、突出して使えるものがないだけで、どれも平均以上に使えるということでしょう」
「そうなの?」
「ええ。ただ、突出したものがないということは、その分器用貧乏になってしまう恐れがあるので、ある程度集中させるのも一つの選択肢かもしれません」
「ふーん?」
「まあ、アルフレッド様はまだまだお若いですから、どういう伸ばし方をするかはゆっくり考えていきましょう」
アルフはマースの言葉に頷きながらも、内心は首を傾げる。
突出したものがない、のではなく、劣るものがない、と考えれば、気にするような事は何もないように思うのだ。
むしろ、どの属性も同じ様に使えるのだから、一つの属性で出来ることが増えれば、他の属性への応用は簡単なはずだ。
万能タイプが器用貧乏になりがちなのは確かだが、地力を上げればその辺りの問題は解消されるはずだ。
アルフは魔力量を高める訓練に力を入れようと決めた。




