53. 猫と眷族
生徒たちが乗った大型馬車が王都に戻り学院に帰りついたのは、ちょうど昼時だった。
翌日は闇の日で休日となっており、生徒たちは各々疲れた身体で帰路についた。
解体された熊は、アルフが父に頼んで売ってもらい、代金を五人で分けるということに決まった。
正直、アルフやガードにとってははした金にもならない額になるだろうが、五人で獲った獲物の代金だ。五人で分けるのが妥当だと、マリウスが言い切った。
その際、ティルが自分は狩りに参加していないからと遠慮したが、戦闘中の周囲への警戒をしていたんだからと押し切った。
アルフとガードはそれぞれ迎えの馬車に乗り、マリウスとティルは連れ立って、寮生のノールは寮へ。
それぞれ、帰宅した。
馬車が門をくぐりぬけ、玄関へと向かっているときに、アルフはふと、車輪の音にまぎれた別の音を聞いた気がした。
「……?」
なんだろう、と耳を澄ます。
そしてそれが、赤子の泣き声だと気付いた。
ウィル、とアルフの唇が動く。
三日前の朝に会ったきりの弟。
自分は校外実習で楽しんでいたが、弟は自分がいないと泣くのだ。
仕方がなかったこととはいえ、弟を気にかけることを忘れていた自分に腹が立った。
あまりにも酷ければ実習中のアルフにも連絡があっただろうから、両親だけでもなんとかなったのだろう。
けれど、それは弟が寂しくなかったわけではない。
御者もウィルの泣き声に気付いたのか、馬車を早めてくれた。
玄関の前で馬車が停まるのももどかしく、ドアをあけて飛び降りる。
出迎えたマースが叱るようにアルフの名を呼んだが、アルフは構わず邸に飛び込んだ。
「アルフレッド様、まずは湯浴みを」
そのまま声のするほうへ向かおうとするアルフを、追いかけてきたマースが止める。
それに、アルフは我に返った。
確かに、実習中は風呂に入れるわけもなく、森に入って色々やっていたので汚れている。
この格好で、赤ん坊に会いに行くのはまずい。
仕方なく、アルフは向かう先を変えた。
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「やっぱり、アルフがいると楽ねぇ~」
「そうだな、でもそれはそれでちょっと寂しいな」
湯浴みを終え、着替えたアルフが抱き上げると、ウィルはすぐさま泣き止んだ。
それを見て、泣き止ませようとしても全く効果がなかったマーリアが、ホッとしたように笑う。その隣りで頷きながらも、エトランドは少し不満顔。
三日前にアルフが出かけてから、お昼の通信もできず不機嫌なウィルをなんとか宥めてきたのだが、それもそろそろ限界だった。
あまりに泣くのでウィルの体が心配になってきたところに、ようやくアルフが帰宅した。
アルフが帰ってくるのがもう少し遅ければ、最終手段として眠りの魔術を使うかと考えていたところだった。
「ウィルったら本当にアルフが大好きねえ。大きくなったら兄離れできるのかしら」
「……まあ、少し心配ではあるな」
ウィルを膝に置き、アルフはコテンと首を傾げた。
昼食をとり、居間で大きなソファに座ったアルフは、両隣に両親、膝の上に弟をのせ、校外実習でのことを両親に教えていた。
たしたしとアルフの指を叩いて遊ぶウィルに構いながら、目の前の空間に文字を浮かべる。
最近は手を使わずとも、視線で魔力を操り文字を書けるようになった。
「あら、全部集められなかったのねぇ」
「それは残念だったな」
「それにしても、最初の条件のままだったら絶対に間に合ってたのに。意地の悪い先生ね~」
「まあ、あれはクリアさせないのが目的の課題だからな」
「それはそうだけど、でも結局糸巻きは持っていったんでしょう?絶対欲しかっただけよ!」
『母上、その気になればいくらでもつくれるものなんだから、気にしないで』
「は~い」
不満たらたらな様子だったが、アルフの説得にマーリアは渋々頷いた。
「あ、そういえばアルフ。最近ディーディーの様子が変なのよ」
「?」
ふと、思い出したマーリアの言葉にアルフは首を傾げた。
ディーディーとは、アートライド家で飼っている猫の一匹だ。
アルフが体に陣を刻むことを検討していたとき、実験台にしてしまった猫だ。
名前を刻んだだけだから大丈夫だと思ったし、事実その後しばらく観察していても異変がなかったので問題なしだと思ったのだが、どうやら問題発生のようだ。
「なんだか前より賢くなったみたいで、それは別にいいんだけど。時々邸の屋根の上で遠くを見てたり、メイドの中にはディーディーが魔術を使ってたって言う子もいるのよ」
「それに、いつまでも大きくならないんだよな。大体、成猫一歩手前、ってところか」
『……それ、俺のせいかも』
「え?」
「ん?」
首をかしげる二人に、アルフはかつて自分がディーディーにした実験のことを説明した。
「あらぁ……」
「うーん」
叱られるか、と思い、無意識のうちにソファーに預けていたアルフの背筋が伸びる。
アルフの気配が硬化したのに気づいて、ウィルが不思議そうに首を傾げた。
「きっと、アルフはディーディーを眷族化してしまったんだろう」
『眷族化?』
「アルフは、結婚の誓約は知ってる?」
『結婚するときに、寿命を同じにする儀式、ですか?』
「そう。愛し合う二人が寿命で引き裂かれることがないように、魔力の高い方と同じだけ生きられるようにする儀式」
かつて恋に落ちた人族と魔族の二人。
しかし当然人族は早くに死に、残された魔族は新たな恋人をつくることはなく、長い時を亡くした人族だけを想って過ごした。
それを見ていた愛の女神がヒトにもたらしたとされるのが、結婚の誓約。
一生に一度だけの、特別な儀式。
もちろん世の中には悪用しようとする者もいたが、誓約は誰もが成功するわけではなかった。
真に愛し合う者同士だけが誓約を成立させることができる、といわれていた時期もあったが、検証が進み、本心から同意していれば可能だということがわかった。
つまり、愛し合っていなくとも、互いが合意の上であれば、契約結婚でも誓約は可能、ということだ。
脅迫されて本心から同意する者はいないので、悪用は難しいのだ。
ちなみに、魔力の高い方が寿命以外で死に、その時すでに魔力の低い方の寿命が尽きていた場合、その時点で魔力の低い方も死ぬことになる。
寿命が残っていた場合は、元々の寿命分だけ生きて、死ぬ。
儀式自体に特別なものは必要なく、金をとるわけでもないのだが、この誓約はよほど寿命が違うものか、王族、一部の貴族しか行っていない。
大抵の者達には、そこまで魔力に差がないのだ。
「私たちはたいしてかわらない魔力量だけど、一生添い遂げますよ~って公言するために誓約してあるわ」
「まあ、それは今は置いておいて、だがな」
照れたように一度視線をそらしてから、エトランドは話を戻す。
「結婚の誓約の下位の術として、眷族化というのがあるんだ。ヒト相手には使えない術だし使える者も滅多にいないが、動物と契約をする術だ」




