54. 契約
『動物と契約?』
アルフは首を傾げる。
「やる事だけ言うと、簡単なんだよ。契約対象の動物と心を通わせ、その意思を確認し、契約を交わす」
「……?」
うん?とアルフは首を傾げる。
(簡単?んん?心を通わせる、は、まあ、できなくはない、かもしれないけど。意思を確認?それって、相手の動物が契約の意味を理解する必要があるよね?普通、動物にそんな事可能か?)
「ああうん、わかるよ。ちっとも簡単じゃないって思ってるんだよね。私もそう思う。でも、契約をする意思の有無を確認して術を使うだけ、と言えば簡単だろう?」
相手がアレなだけで、と言うエトランドに、確かにそう、かも…?と思い、アルフは頷いた。
「ええと、今は眷族化の術の詳細は置いておいて、だ」
またそれてしまいそうになった話題を戻そうとエトランドが言う。が、眷族化の話をしているのに術の詳細を置いておいていいんだろうか、とアルフは疑問に思う。
しかしその疑問も、続くエトランドの言葉に払拭された。
「さっきはアルフがディーディーを眷族化したと言ったけど、正確にはちょっと違う」
その言葉に、アルフはまた首を傾げる。
「今のディーディーは、眷族と言うよりも、魔物に近くなっているようだね」
「!?」
「眷族化すると、思考が複雑化し、契約相手との意思の疎通が可能になり、身体能力が向上し、長生きになる。簡単な魔術なら使えるようになることもあるらしい。けれどそれは、最早動物の域を超えている。その状態で野放しになると、非常に危険だということは解るね?その危険を無くす為に、契約者がいるんだ。
契約者を亡くした眷族は、処分されるか、新たな契約者を見つけなければならない。
ディーディーは、アルフが名前を刻んだことで、その魔力で変質し、個として確立し、契約者のいない眷族と同じような状況にあるんだろう。――つまり、このままだとディーディーは、討伐対象になる」
「!!」
討伐対象、と聞かされて、アルフは目を見開いた。
思わず窓の外に視線を投げ、ディーディーの姿を捜す。
しかし見える範囲に、ディーディーの姿はなかった。
「ディーディーは正確には眷族ではないが、契約さえすれば眷族扱いとなり、討伐対象から外れるはずだ。だからとにかく、誰かと契約を交わす必要がある」
『でも父上、眷族化の術は誰にでも使えるものではないと』
「大丈夫だ。難しいのは意思確認で術自体は簡単だし、本人が術を使えなくても別の人に使ってもらうことができるから。術を使うだけなら私ができる。だから、ディーディーに誰かを選んでもらうだけでいい」
「じゃあ、早速ディーディーを探しに行きましょうか」
それまで黙ってエトランドの話を聞いていたマーリアが、両手をぽんと合わせて立ち上がった。
しかしエトランドは、いや、と首を横に振りマーリアを座らせた。
そして自分が立ち上がり、部屋の戸を静かに開いた。
「!」
「あら」
「……聞いていたね、ディーディー」
エトランドが開いた戸の向こうに、ちょこんと座っている僅かに青みを帯びた猫。
エトランドの髪色に似ているから、とマーリアがもらってきて、可愛がっている猫だった。
ディーディーは立ち上がり、トコトコと室内に入ってきた。首につけた小さな鈴が、チリンと鳴る。
そのままトンと身軽にテーブルの上に乗る。普通なら叱るところだが、爪も引っ込めてあるし事態が事態なので今は見逃す。
「それで、ディーディー。この邸の中に、契約したい相手はいるかい?いなければよそから探すが」
エトランドの言葉に、ディーディーが頭を動かしてアルフたちを見る。その動きから、ディーディーがエトランドの言うことを理解していることは明白だ。
まず、エトランドに目を向ける。そしてすぐに、マーリアへ視線が移る。
一時も自分に視線が留まらなかったことに、エトランドはがっくりと肩を落とす。別に契約したいと思っていたわけではないが、欠片も考慮されていない様子には落ち込む。
ディーディーはマーリアから、アルフへ視線を移す。マーリアは「あら残念」と言っているが、大して気にした風には見えない。
アルフを見て、その膝の上のウィルを見、またアルフに視線を戻す。
それを何度か繰り返して、唐突にテーブルの上から跳んだ。行き先はエトランドの膝の上。
おや?とエトランドが首を傾げるが、ディーディーはそれには構わずエトランドの膝の上から隣を覗きこむ。どうやらアルフの膝の上では狭いため、エトランドの方に跳んだようだ。
ディーディーは前足を伸ばし、ウィルの身体に触れる。何かを確かめるようにポンポンと触れ、頭を摺り寄せ、ニャアと鳴いた。
「どうやら、ディーディーはウィルを選んだようだな」
『いいの?ウィルは何も解ってないよ?』
「まあ、前例はないが、構わないだろう。――では、さっさと契約を済ませてしまうか」
エトランドはそう言うと、トン、トン、とウィルとディーディーの額を軽くつついた。
魔力が動いた、とアルフが感じたときには、ウィルとディーディーの間に繋がりができていた。
ウィルはきょとんとして、不思議そうにディーディーを見ている。
あまりにもあっさりと終わった契約に、アルフは目を瞬かせた。
そんなアルフの様子に、エトランドは笑う。
「言っただろう?術自体は簡単だと」




