03. 死の記憶
この本は、数日前に突然現れた。
そしてアルフは、アルフとして生まれる前のことを思い出した。
地球という星の日本という国に生まれた、極普通の男だった。
多少人と違うところを上げるなら、十七歳のときに悪性腫瘍のため声帯を切除したことくらいだ。
それから相応の苦労はあったが無事大学まで卒業し、身内のコネを使ったが就職もした。
想いは伝えていないが、何となくいい雰囲気になった女性もいた。
そして、あの日。
冬になったばかりのその週末、会社のイベントで、社員とその家族でハイキングに行った。
そこで、まあ、催して、一人で森に入った。
その帰りに、一人で森の中を駆けていく子供を見つけてしまった。一緒に来ている子供だった。
大人の姿は見えなかったので、一緒に来ている友人にメールを入れて子供の後を追いかけた。
声が出ないから、代わりに首に下げている笛を吹いた。子供は振り向いたが止まらず、鬼ごっこでもしているつもりになっているようだった。
そして子供は、貯水池に転落した。
古い貯水池でもう使われていないようだったが、数日前に雨が振ったせいかかなりの水嵩があった。おかげで転落時に怪我はしなかったが、水深は子供どころか大人でも足がつかないほどだ。
しかも、貯水池自体がとても深く、それだけの水がたまっていても、縁まで二メートルはあった。
ポケットから防犯ブザーを取り出して鳴らし、地面に置く。周囲を確認すると、下におりる梯子がついていたが錆びて途中で折れている。だが、あそこまでなら子供を押し上げられるかもしれない。
大きく深呼吸して、貯水池に飛び込んだ。
もがく子供を何とか押し上げたことは覚えている。
その後、冷たい水に強張った体をうまく動かせなくなり、沈んでいったのも覚えている。
沈む直前、友人の声が聞こえた気がしたが、それに応える力はもうなかった。
そうして、アルフの前世である三崎秋晴の生は終わった。
表紙を開くと、ずらりと並ぶ目次。
アルフはその中から一番最後の項目を選ぶ。さらにその最後のページを開き、指を当てる。
小さく深呼吸し、紙面に当てた指を滑らせた。
アルフの指が通ったところに、文字が浮かび上がってくる。
“死因:溺死”
簡潔に書かれたその言葉を、アルフはじっと見つめた。
この本は、アルフになる前の者達が記したものだった。
アルフが覚えているのは、前の生である三崎秋晴のことだけである。
しかし、それがまた転生だったことは覚えていた。
本の前書きには、こう記されている。
我々は転生者である。
始まりは最早不明である。
一つ前の生のみを覚えている。
この書を、魂と繋げる。
いつ終わるのか、いつか終わるのか、わからない。
私の前の生と、私の生を、ここに記す。




