02. 公爵家の息子
アートライド公爵家当主、エトランド・ウォルター・ジェイ・シグサイ・アートライドは国の要職には就いていない。
それは彼にその能力がないからではなく、むしろ彼自身の能力と、その血筋のためである。
エトランドの王家の血は、現王と同程度に濃い。彼にその気はまったくないが、権力争いというものは本人達よりも周りの人間達のほうが必死になるものである。
そんなものに巻き込まれるのは面倒なので、エトランドは国の中枢にはいない。とは言っても王の従兄弟にして義弟であるので、アートランド家が最高位の貴族であり影響力を持っていることに変わりはない。
そしてエトランドが要職に就かない最大の理由。それは、アートランド公爵家は魔物領との境に領地を持っていることにある。
この世界には、人族と魔族がいる。総称してヒトと呼ぶ。別段敵対しているということはない。むしろ昨今は混血が進み、人族にしか見えないが(魔族の最大の特徴は耳が長いこと。たまに頭部に角を持つ者もいるが、それは魔力の許容量に対して生成量が上回る者が、余剰分を蓄積したり発散させたりするためにある)魔力が桁違いに強かったり頑丈な体をしていたりする者も珍しくはない。
シグサイ国は特にそれが顕著である。むしろ、シグサイ王家の始まりがそもそも混血であったとされ、王家に連なるものは魔力や身体能力の優れた者が多く誕生する。エトランドもその例に漏れず、むしろその中でも特に強い部類に入る。
さて、種族は人族と魔族。では魔物領とはと言うと、その名のとおり、魔物たちが暮らす地域のことである。幾種もの魔物がそれぞれの習性に従って生活している。
その姿はヒトの領域に暮らす獣達をベースに、牙や角や爪、翼などが追加され凶暴さを増している。姿は似ているが、種族としてはまったくの別物であると今までの研究から結論付けられている。
そして魔物の最大の脅威は、ヒトを襲い、喰らうということである。
それに対抗するために、魔物領と接する地にはそれなりの武力を持つものが望まれた。そこで選ばれたのが、アートライド公爵家だった。
――という話を子供向けに言葉を選び編集されたものを、今年二歳になるアルフレッド・ウィルト・エクス・シグサイ・アートライド――アルフはふかふかの敷き布の上に転がって聞いていた。
二歳とはいえ、公爵家嫡男である。普段はこんなことをしているとお行儀が悪いと言われる。
しかし今、それを言うべき者は、自らの主でありアルフの父であるエトランドを讃える言葉を羅列するのに忙しい。
アルフの教育係としてつけられたこの男、マース・ヘイデンは、とにかくエトランドに心酔している。エトランドについて語り出したら止まらなくなる。
だからアルフは、マースを放置して本棚から絵本を取り出した。
魔物が勢力を増し、そこに現れる英雄の冒険譚。よくある子供向けの話だ。
アルフはその絵本の上に、他人には見えない別の本を広げた。




