31. 最下層の施設
「――何だここは……」
階段を降りて、光に照らされた光景を見て、ガードは愕然とした。
そのときの心情を声に出していたことにも気付いていなかっただろう。
スウーッと、アルフの意思に従って、光源が一つ、奥へと進んでいく。
照らし出されたのは、いくつものガラスの筒。
円柱型のそれが何本も立ち並び、その大半は割れてしまっているが、何本かは割れずに残されていた。
割れていないガラスの筒の中は、液体で満たされているようだった。
そしてその液体の中に、浮かぶ影が見える。
「……なに?あれ……」
首を傾げるマリウス。
正体はわからないが、不吉なものを感じているのだろう。その表情は暗い。
実際に見るのは初めてだがそれが何なのかわかるアルフも、顔をしかめている。
前世において、映画やゲームの中で見ることのあった、満たされた溶液に漂う実験生物。
濁った液体に浮かぶピクリともしないそれらは、もう生きてはいないだろう。
アルフは近くにあったテーブルの上に散乱する書類に目を向けた。
迂闊に手にはとらない。いつのものかは解らないが、見るからに古そうなそれに迂闊に触れて、壊してしまいたくなかったのだ。
(うーん、古そうではあるけど、何でか埃もかぶってないし、触ったらボロッといく、なんてことはないかな)
しばらく観察して、そう結論付けたアルフは書類を手に取った。
それでも慎重な手つきで、アルフは書類を捲り目を通す。
(文体は古いけど、言語としては同じ。これは一体何年前だ?こんな表現の仕方今しないし。100年や200年じゃないな。もっと昔だ)
ゆっくりと書面に目を通し、書類を読み進め、少し戻ったりもしながら、アルフの顔はだんだんと強張ってくる。
目線がせわしなく動き、書類を捲る手が早くなる。
最初に手にとった書類の束を最後まで読み終えると、別の書類を手にとる。
「なんだアルフレッド。どうしたんだ」
「アルフ……?大丈夫か?」
アルフのただならぬ様子に、二人は戸惑う。
書類を読み終えたアルフがダンッとテーブルに叩きつけるように両手をつくと、思わずビクリと身体を震わせた。
俯き肩を震わせるアルフから放たれる怒気に、自然と身体が怯えたのだ。
ガードは身体の震えを無理やりに押さえつけ、よし、と気合を入れて、アルフが読んだ書類を手に取る。
スラスラとは読めないが、なんとか読み進めていき、途中で取り落とした。
「なんだこれは……」
「殿下?一体何が……」
押さえたはずの手の震えが、戻ってくる。
けれど今度は、違う理由で。
ガードの様子までおかしくなり、どうしたらいいのかとマリウスはガードに声をかけた。
普段ならアルフに声をかけるが、今はそれはできない。恐ろしい。
「ここは、実験場だ……」
震える声で、ガードが言った。
「実験?一体なんの……」
ゴクリ、とガードが唾を呑み込む音が、やけに大きく聞こえた。
「ヒトと魔物を、合成する、実験だ」
「―――――え……?」
マリウスは最初、何を言われたのか解らなかった。
ガードの言葉を確かに聴いたはずなのに、それが理解へとは繋がらなかった。
「ここでは、ヒトと、捕獲した魔物を、合成する実験が行われていた」
最初の衝撃をやり過ごしたのか、ガードの声は先ほどよりは落ち着いていた。
ぎこちない動きで、落とした書類を拾う。
「これに書かれているのは、実験体の経過観察の記録だ」
「で、でも殿下、なぜそんなことを?」
「……魔物と合成することで、戦力強化を図るため、と書いてあるな」
「合成される、ヒトって」
「最終的には兵士の中から選ぶつもりだが、この記録には、実験段階のため奴隷を使ったとある」
「奴隷って、そんな」
「他にも、近隣の村から調達した、ともある」
「そ、そんな、そんなのって……」
淡々と、マリウスの質問に答えるガード。だがその顔は青ざめ、握り締めた手は白い。
マリウスは混乱しそうになる頭を必死に落ち着けようとするが、上手くいかない。こんなにも、自分の感情をコントロールできないのは初めてだった。
アルフの感情に影響されて、二つの光が揺れる。
それがまた、落ち着かない気分にさせた。
ガードとマリウスが黙り込むと、重苦しい沈黙がおりた。
頭がおかしくなりそうだ、とマリウスが思った時、変化が訪れた。
――カツン。
最初、マリウスは空耳だと思った。
けれどガードを見ると、ガードにも聞こえているようだった。
アルフから感じていた威圧感も、鳴りを潜めている。
また、カツン、と音が聞こえた。
それはこの部屋の奥から聞こえた。
割れずに残ったガラス管が多くあるほうで、アルフたちのいる場所からは見えない。
動いたのは、アルフが最初だった。
厳しい顔で、ガラス管の間を縫い、奥へ向かう。二人もその後に続いた。
遠目には解らなかったが、濁った液体の中にヒトの顔を見つけて、マリウスは咄嗟に目を逸らした。本当は吐きたいくらいだった。
何度か進む角度を変えて、ようやくたどり着いたそこに、ソレはいた。
他のガラス管とは違い、濁っていない液体の中に。
長い髪を溶液に踊らせ。
ガラス管の中で蛇体をくねらせ。
指に浮き出た硬い鱗の部分でガラス管を叩き。
蛇の下半身をした女が、溶液の中を揺蕩い微笑んでいた。




