24. 魂の書と新たな命
魂の書を、読み進める。
この本は、知識の宝庫だ。
これまでの生で得た知識が、詰め込まれている。
一つずつ言語をさかのぼり、短かったり長かったりと様々な一生の後に、巻末付録のように付けられたそれらの知識を読む。
前の生、地球は科学が発展した世界だった。
その地球よりもさらに高度な科学技術が一般的に普及した世界もあった。
それこそ魔法のような科学の世界もあった。
魔術の発展した世界もあった。
それらの世界の魔術と比べると、この世界の魔術は稚拙と言っていいだろう。
簡単に言うと、この世界の魔術はイメージすることが大切だ。
なぜその現象が起こるのか、原理も理論もなく、イメージがうまくできれば術は発動する。
現在主流の魔術は、イメージ型とでも言うのか。神代のものと言われている伝説上の魔術のことを考えるに、現在の魔術は退化している。
魔術陣は理論も原理も組み込まれているが、見事なまでに廃れていた。
退化した、というよりも、この世界における魔術は一度死んだようなものだろう。そして発掘された魔術を、どうにか使えるようにしたのが現在の魔術。
イメージ型の何が悪いか、というと、術の安定度の関係だ。
術を発動させる度に、その現象を明確にイメージし、そうなるように魔力を導く。
その現象が起こる原理がわかっていれば、術の発動はもっと楽になる。
巻末には、それら科学技術、魔術理論の他に、医療関係、農業、工業、鍛冶、料理、裁縫、政治。実に様々な知識が記載されている。
一体どれだけ生きて、死んだのかと自分のことながら呆れてしまう。
(さて、俺が死ぬ前に、何か書き残すことがあるかね?)
これだけあると、いまさら新しい知識など載せられないのではないだろうかと思う。
「あー」
不意に上がった声に、アルフは魂の書から顔を上げた。
腰を下ろしていた長椅子の脇に揺れる、揺り篭を覗き込む。
アルフを認めて、大きな碧の瞳が嬉しそうに輝く。
「あーぅ、うー」
赤子は、ふくふくとした短い手足をじたばたさせ、アルフの髪を掴もうとする。
少し前から伸ばし始めたアルフの髪が、お気に入りなのだ。むしろ、赤子が気に入っているから伸ばし始めた、というのが正しい。
赤子は、名をウィルフリート・アーデ・ヘクセン・シグサイ・アートライドという。家族はウィルと呼んでいる。
半年前に生まれた、アルフの弟だ。
アルフが学院に入学してから、直に四年目に入る。
今は前期と後期の間の長期休暇で、後一月ほどで、アルフは十歳になる。
多少のトラブルはあったものの、特筆すべき事もなく進級を重ね、三年間の基礎教育を終えた。新年度からは、騎士課程へ進むことも決定している。
マリウスも同じく騎士課程へ。ティルは薬学課程、ノールは魔術師課程へと、それぞれ希望進路の通りに決まった。
魂の書を消し、揺り篭からウィルを抱き上げる。
きゃっきゃっとはしゃいで、先ほどよりも近くなったアルフの髪に手を伸ばす。
伸ばし始めたばかりの髪は引っ張られると少し辛いが、アルフは笑顔を崩さない。
本当ならここで子守唄でも歌ってやりたいが、残念ながらアルフにはそれが出来ない。
だからその分、笑顔を向ける。
「ウィルは本当に、アルフの髪がお気に入りよねぇ」
ノックの後にマーリアが入ってきて、二人の様子を見て笑う。
その後から、さらにエトランドが続く。
「ウィルのお気に入りはアルフの髪だけじゃないさ。お昼寝の後、一番にアルフに会わないとご機嫌斜めだもんな」
「平日は大変なのよね~。アルフは学院だからいないし、ぐずるのを宥めるのがもう大変」
「大抵うまくいかずにアルフに遠見の鏡を使ってるがな」
入ってきた両親を見て、アルフはウィルを抱いたまま長椅子に腰を下ろす。その両脇に、両親が座る。
くすくすと笑いながらマーリアがウィルの頬をつつくが、アルフの髪を握ってご機嫌なウィルは気にした様子はない。
和やかな、一家団欒の図。
お茶の用意をするメイドは、幸せな光景に口もとにそっと笑みを浮かべた。




