21. 初めての友達
規定の50リムが終わり、休憩を挟んで次は実技の試験だ。
訓練場で、木剣で模擬戦。二人一組で対戦し、五組に一人教師がついて、その技能を評価している。
アルフの対戦相手は、アルフよりも全体的に大柄で、黒髪を短く刈り上げた少年だった。
教師の合図で礼をして、相手は「よろしくお願いします」と言ったが、当然ながらアルフは頭を下げただけだった。
ムッとした顔の相手に申し訳なく思うが、こればかりは仕方がない。
木剣をカツンと合わせた直後、剣を弾いて正面から向かってくる。
アルフは慌てることなく、体を引いてかわす。
さらに前へと突っ込んでくる様子に、ああ、さっきのことを怒って冷静さを失ってるんだなと判断する。
降り下ろされる木剣を最小限の動きでかわし、相手の手から木剣を叩き落とした。
本当は弾き飛ばした方が相手に怪我をさせる確率も低くなるのだが、周囲には大勢の生徒がいる。よって、アルフは相手の剣をかわした後肉薄し、手に手刀を叩き込んだ。
「く……っ!」
アルフの得意な得物は剣ではないが、それでも十分にヴィレクの教えを受けており、このくらいの相手は簡単にあしらえる。
「そこまで。他の試合が終わるまで、隅で待っていなさい」
「……ありがとうございました」
「……」
監督の教師に終了の指示を出され、二人はまた向かい合って礼をする。
痛みと悔しさを堪えて礼をした少年は、また無言のアルフにカッとして叫んだ。
「何なんだよ、お前!!さっきから――」
周囲の視線が集まるのを感じて、アルフは叫ぶ少年の腕を取った。
「ちょ、おい!何だよ、離せよ!!」
そのまま少年の腕を引いて、訓練場の隅へ行く。
意味が解らず抵抗する少年を強引にしゃがませ、アルフは地面に手を伸ばした。あまりやわらかくはないが、字が書けないほど固くもない。
『喋れない』
「え?」
アルフが書いた文字を読んで、少年は目を瞬かせた。
『病気の後遺症。喋れなくなった』
「…………」
書いた後に、自分の喉を指す。
少年はアルフと、地面の文字とで視線を彷徨わせた。
「……ごめん」
やがてぽつりと、気まずそうに謝った。
素直なその言葉に、アルフはキョトンとし、にっこりと笑った。
『知らないこと。仕方ない』
少年が悪いことはなかった。それなのに謝られて、アルフのほうが申し訳ない気持ちになる。説明しなかったのはアルフなのだから。
「……俺は、マリウスだ。マリウス・レインフォール」
ややぶっきらぼうに、少年は名乗った。顔が少し赤かったので、照れくさかったのだろう。
『アルフレッド・アートライド』
少年――マリウスに応える為に、アルフも自分の名前を書き記す。
チラリと、家名を隠そうかという考えが頭をよぎったが、どうせ持ち物には家紋が入っているし、普通にばれるだろうと思って素直に書いた。途中は、面倒なので省いたが。
「え……アートライドって、あの?」
『多分、その』
アルフの名前を見て、マリウスは驚いて、思わずといった様子で言った。
あの、がどれを指すか解らなかったが、どうせ間違いじゃないだろうと思ってアルフは頷く。
『アルフでいい。よろしく、マリウス』
そう書いて、握手をしようと手を出して、あ、と気づいた。
地面に指で字を書いていたので、土で汚れている。
アルフがハンカチを出して拭こうとすると、その前に、マリウスがその手をとった。
「この試験が終わったら、どうせ手を洗うんだ。気にすることないさ」
マリウスの家は、ギリギリ貴族と名乗れる程度の家だ。はっきり言うと、このままではマリウスの子供の代には貴族ではなくなる。
何代か前はもう少しましだったが、今はその頃の面影はない。
破産したとか、借金があるとかいうわけではないが、この国では、ただいるだけで貴族でい続けることは出来ない。
何かしらの功績を挙げる必要があるのだが、ここ数百年、マリウスの一族には文武どちらも優れた人物が生まれていないのだ。
魔力もあまり多くなく、寿命は大体150年前後をうろついている。
そんな中で、マリウスは異例なほどの魔力を持っている。まあ、それでもアルフとは比べるべくもないが。
つまりマリウスはレインフォール一族の期待の星であるので、幼い頃から家庭教師を付けられ、勉学に鍛錬に励んでいた。
剣の腕にはそれなりに自信があったが、アルフはそれ以上であっさりと負けてしまった。
その上、アルフは礼の際に頭を下げるだけ。マリウスが怒るのも無理はない。
しかし事情を知れば、その怒りは筋違いなものだった。
恥ずかしさに少し乱暴に名乗ると、さらに衝撃の事実を知ってしまった。
なんと、目の前の少年は、あのアートライド家の者だと言うのだ。
このシグサイ国の最終兵器と言われているアートライド家の。
確か、先日もなにやら新聞を騒がせていたとマリウスは記憶している。内容は、今のマリウスには難しくてよく解らなかったが。
しかしまあ、それならばこの負けも仕方がないのだろうと思う。
魔物領と接する領地を持ち、日夜魔物との戦闘に明け暮れる者達を束ねる家の者だ。
いや、国境のアートライド領の実情など知らないが、世間一般的にはそう思われているのだ。
とにかく、アルフの強さには納得した。
しかし次の問題は、アートライド家が公爵家だということだ。
貴族の頂点に立つアートライド家と、末席を汚すレインフォール家。
身分だけを考えると色々とまずいことをした、のだが、どうやら問題が無いようなのだ。
今までのマリウスの態度に対して、アルフは一切、不快感を抱いていない。
むしろ気さくに握手の手まで差し出している。
(これは、あれだ。身分がどうとか考えない人種だ。まったく、これだからアートライド家は常識が通用しないって言われるんだ)
そう思うマリウスも十分常識から外れた思考をしているのだが、そのことにはまったく気づかない。
いずれ、学院を卒業すれば否応なく身分差の問題はついてくるし、外見上は態度を改めなければならないだろうが、それでもずっと、友人関係は続くだろう。
何の根拠もないが、そう思った。
よし、と腹をくくる。
腹をくくって、マリウスは差し出されたアルフの手を握り返した。




