20. この国について
今さらながらの世界観。
遠巻きにされている、と感じていたが、アルフはそれを気にしていなかった。
机に振られた番号を確認し、席につく。
筆記具を机に置くと、目敏い何人かがあっと小さく声をあげた。筆記具に刻まれているアートライド家の紋章に気付いたのだろう。
この世界の筆記具は、インクを内蔵した万年筆のような物だ。取り換え式のインクカートリッジがついていて、ボールペンほど便利ではないが、インク瓶を持ち歩くよりは便利だ。
製紙技術もそれなりに発達していて、薄くてさらさらの紙が一般的に出回っている。
鉛筆とかシャーペンの類いはないし、消しゴムもないが、前世の生活水準を覚えているアルフにも問題なく生活できている。
いわゆる剣と魔法のファンタジー世界、なわけであるが、各家庭の水回りも街の上下水道も、通信網も印刷技術も発達している。まあ、科学技術ではなく魔道具だが。
「皆さん席につきましたね。では、これから試験問題を配布します。なお、この試験中は一切の魔術の行使を禁止します。魔術の行使が確認された場合、その時点で退室してもらうこよになります」
一人が話している間に、他に二人、席の両端から試験問題を配る。
試験内容は計算問題、国内外の歴史、国内外の地理、言語問題、一般教養。
難易度は、学院に入学するにあたって最低限身に付けておいてほしいレベルから、専門の学者レベルまで。
「問題を解き終え次第退室して構いませんが、再度の入室はできません。――では、これより50リム後に試験終了とします。始めてください」
この世界の一日の時間は、地球と変わらない。
六十秒で一分、六十分で一時間となるのは同じだ。
一日は二十四時間で、十日で一週間。四週間で一ヶ月。一月が四十日となり、十二ヶ月で一年なので一年480日と、地球よりも長い。
ただ、単位は違っていて、一秒はセルで一分はリム。一時間は一メルなので、正しくは一日は二十四メルということになる。
一週間にはそれぞれ魔術の属性が名前として当てられ、火の日、水の日、氷の日、風の日、雷の日、土の日、空の日、闇の日、光の日、無の日と呼ばれる。
一般的に、火の日から空の日までが平日とされ、闇の日と光の日は休日、無の日は火の日の準備をする日、とされている。まあ、大抵の人は無の日も休日のようなものだが、神職に就いている者や信心深い者は、この日に禊を行い一日祈りを捧げている。
通貨は貨幣。紙幣はない。
額の大きな順に、白金貨、金貨、銀貨、銅貨、銅板となる。
それぞれ百枚ずつで次の貨幣と等価になる。
アルフの感覚で言うと、銅板が十円、銅貨が千円、銀貨が十万円、金貨が一千万円、白金貨が十億円ということになる。
白金貨など、早々御目にかかれるような代物ではない。
シグサイ国は、日本の四季ほど明確な違いは出ないが、一応四季のある国である。
気候は緩やかに変動し、暑すぎることも寒すぎることもなく、年間を通して過ごしやすい気候をしている。北部の方でも、ごく稀に冷え込んだ日に雪が降るくらいだ。
農作物等も、そんな気候に合わせた品種改良がされている。食糧受給率も高く、輸入品のスパイス類は少々割高だが、食品類は安価で手に入る。
基本的に裕福な国だが、それでも孤児はいるし、決して安全とは言えない区域も存在する。
奴隷制度もあるが、あくまでも刑罰で、刑期を終えれば解放される。
建国当時、約二千年前には荒れていたこの国も、今ではその頃の面影もなく、当時のことは歴史書でうかがい知れる程度だ。
二千年という長い歴史の中で、腐らなかったのは単に王家の人柄によるものだろう。
二千年前、この辺りは小さな国が興っては消えていった。
国同士で争い、魔物を警戒し、土地は荒れ人心は乱れた。
乱れたというより、混乱していたのだろう。昨日はA国の国民だったのが、今日にはB国になっているとか、そもそも国境も定かではなく、自分がどこの所属なのかもわからない状態だ。
自分達の暮らす場所がいつ戦場になるか、いつ戦争に引っ張り出されるか、不安に疲弊しきっていた。
そんな中、ひとつの国としてまとめあげたのがシグサイ国初代国王だ。
国土の広さはそれなりにあったが荒れた土地。疲弊した国民。
当時の苦労は計り知れないが、法をつくり、土地を整備し、民を保護した。
当然、周辺国からの干渉はあったが、のらりくらり回避し完全な独立を勝ち取った。
初代の政治手腕と、魔物領と接していることも影響したのだろう。
シグサイ国が倒れれば、明日は我が身だ。せっかくひとつにまとまったのだから、防波堤として残しておこうというのが周辺国の結論だった。
そして二千年の間に国力をつけ、今では大国の一つとして数えられるまでになった。
すらすらと進んでいたアルフのペンが、ピタリととまった。
流石に全問は解けないが、解ける分は全て解いた。後は見直しをして試験用紙を伏せて、退室することにした。
残り時間は20リムほどあるので、外で本の続きを読んで時間を潰す。
そのつもりで手をあげ、監督官に合図をして席を立つ。
そのまま部屋を出ると、廊下にはマースがいた。
驚いて顔をあげると、にっこりと微笑まれた。
「そろそろ出てこられる頃だと思いましたので。お迎えに」
エトランド大好きでそればかり目立つ男だが、公爵家長子につけられるだけあって、優秀な男なのだ。




