17. 槍
翌朝、日課の瞑想を終えて、中庭でランニング前の準備運動をしているアルフを、屋敷の窓からリオンが眺めていた。
「家は継がないんだろう?だったら俺が連れていこうか」
「は?何言ってんですか父上。頭おかしくなりましたか?」
窓に寄りかかって何でもないことのように言うリオンに、エトランドの言葉は冷たい。
「楽しそうじゃねえか。冒険者はいいぞ?」
「駄目です。というか無理ですね。アルフ自身が騎士になることを望んでますから」
「騎士ぃ?えぇ?冒険者でいいじゃん。楽しいぞ冒険者」
「アルフが騎士になりたいと言ってるんだからそれでいいんです」
「えぇ~?それ、ちゃんと冒険者って存在を知った上での言葉?冒険者知らなかったから騎士って言ったんじゃなくて?」
「失礼な。アルフはちゃんと冒険者のことくらい知ってますよ。知った上で騎士を望んでいるんです」
「ちぇー」
唇を尖らせて拗ねてみせるリオンに、子供じゃないんだからとエトランドは呆れる。
「ところで、アルフに贈る槍の準備はいいんですか?」
「ん?おう。俺の個人認証は解除したから、後は新しく持ち主登録するだけだ」
「………、…………?」
そうですか、と返そうとして、ふと引っかかって首を傾げる。
「個人認証……?」
一般には聞かないが、確かに聞き覚えのあるその言葉。
記憶違いでなければ、それは。
「……父上?個人認証ということは、まさか……?」
「おう!初孫への贈り物だからな。奮発したぜ!」
ま、もともと持ってたもんだし手に入れたときも金払ったわけじゃないから、奮発とはちょっと違うかもだけどな。などと言っている父親を、エトランドは最早、かける言葉を見つけられずに呆然と見つめることしか出来なかった。
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その日、アルフがリオンに会ったのは、日も昇りきり昼食までとり終えた後だった。
アルフの午前中の時間は日課で埋まっていたためだ。
アルフとしては、槍が楽しみであったし、普段魔術陣の研究に充てている時間を使ってよかったのだが、予定を変える必要はないとリオンの方から言ってきたのだ。
アルフがリオンと顔を合わせたのは、普段ヴィレクに稽古をつけて貰っている鍛錬場だ。
時々、エトランドがアートライド家の私兵を鍛錬と称してふっ飛ばしている場所でもある。
その場には、アルフとリオンのほかに、エトランドとマーリア、それにヴィレクがいた。
「うーわー。まだ全然容姿が変わってねーんだけど。一体幾つになったんだよ副団長」
ヴィレクと顔を合わせるなり、リオンが顔をしかめて言った。
「久しぶりに会ったというのに、随分な言い草じゃないですか、シュヴァリオン」
対するヴィレクは楽しそうな顔。
親しげな様子に、アルフは首を傾げた。
「アルフ様のお祖父様とは、彼がまだ若いときからの縁でして」
「俺は次男だったからな。一時期、軍に所属してたんだよ。まあ、兄貴が事故で死んじまったから家に戻ったが。そん時軍で、まあ、世話になったんだよ」
説明するヴィレクに、リオンが言葉を足す。
「副団長は、初めて会った時から副団長で、今と同じ容姿でな。ったく、幾つまで生きる気かってんだ」
「いやいや、親戚内ではまだまだ若造扱いだよ」
どんだけ化け物揃いの血筋だ、とぼやくリオン。
それとは別に、アルフに対するものとリオンに対するものとで、器用に態度を切り替えるヴィレクに、アルフは感心していた。
今気にすることはそんな所ではないはずだが、どうしてもそこが気になったのだ。
「まあ、副団長のことはいい。それよりちびすけ。これがお前に贈る槍だ」
はあ、と大きなため息をついて、意識を切り替え、肩に担いでいた包みをアルフに差し出した。
自分に身体能力強化の術をかけて、両手を伸ばして受け取る。
平均的な成人男性程の筋力にしたはずなのに、ずっしりと重いそれは、気を抜くと落としてしまいそうだった。
「ほれ、開けてみろ」
促されて、包みを開く。
それは灰色をした、古ぼけた棒のような槍だった。
長い棒に、穂先を取り付けただけの、みすぼらしい槍。
柄の中程に、真っ黒な石が埋め込まれている。
「こいつはな、特別な槍だ。俺も随分せわになった。さ、手を出せ。左手だ」
言われるままに、手を差し出す。
リオンはその手を掴み、手のひらを上にして親指を固定する。
「ちょっと切るから痛いが、我慢しろよ」
そう言うリオンの手には、いつの間にかナイフが握られていた。
一度しっかりアルフと視線をあわせてから、指にナイフの刃をあてる。
ピリッとした痛みに、アルフは顔をしかめた。
浅く切った訳ではない、タラリ、と流れる血。
「その血を、この石に塗るんだ」
言われた通りに、黒い石に指を――血を、擦り付ける。
次の瞬間、頭の中に何かが流れ込んできた。
――遺伝子情報確認
――固有登録開始
――登録完了
――所有者の身体をサーチ
――サーチ完了
――本体のサイズ変更開始
――変更完了
驚いてパチパチと瞬きを繰り返している間に、いつの間にか槍は、アルフの身長よりも少し長いくらいの長さになっていた。
そして何よりも違うのはその色。
古ぼけたはいいろだったやりは、今は鮮やかな青い色をしており、穂先も研いだばかりのように光を反射している。
そして、真っ黒だった石は、深い蒼に。
「よし、登録完了。そいつはな、俺が古代の遺跡で見つけた、神代の槍だ。登録した所有者以外には使えない、特別な槍だ。そして、所有者に合わせて形を変える」
言いながら、亜空間から数本の槍を取り出す。
「あと、望む形状への変化もできるぞ。基本形態は槍だが、長柄の物なら何でもいける」
言われて、アルフはリオンが見本に出してくれた槍を見ながら、形を変えてみる。
穂先に斧がついたハルバード。
薙刀のような、それよりも幅広の刃のついたグレイブ。
三叉の矛がついたトライデント。
緩く曲線を描く刃が飛び出した大鎌。
次々と形を変える槍に、アルフは目を輝かせる。
「どうだ、凄いだろう。気に入ったか?」
リオンの質問に、アルフはコクコクと頷く。
「ほほう、神鉄の武具だな。随分深くまで潜ったようだな」
今はもう、滅びた文明。
死者が蘇り、神と呼ばれる存在が今よりもずっと身近だった頃。
その時代の遺跡が、各地に遺されている。
多くは魔物領に存在するためヒトが手にする恩恵は限られているが、稀に、リオンのような冒険者が遺跡に潜り、遺物を持ち出してくるのだ。
アルフが読んだ魔術陣の本も、かつてリオンがそうした遺跡から持ち帰った物である。
遺跡深部へ行くほど、貴重な品が手に入る。もっとも、その分危険は増すが。
神鉄というのは、魔力によってその形状を変える特殊な金属だ。
小さなインゴットくらいならたまに流出するが、神鉄の武具となると、世界でも数振りしか確認されていない。
そんな貴重な物を、惜し気もなく小さな孫に与えるのだから、太っ腹な話である。




