18. 理由
「なあ、ちびすけ」
エトランドの書斎で本を読んでいたアルフに、向かいのソファーに座ったリオンが話しかけた。
「?」
本から顔をあげて、首をかしげるアルフ。
実は普通の本の上に、“魂の書”を重ねて読んでいるのだ。
それぞれの生で、自分達の言語で書かれているため、普通に読めるのはひとつ前の分だけなのだ。
一応前の言語との対応表は付いているが、読むためにはそれなりに勉強しなければならない。
「ちびすけは、騎士になりたいんだと聞いたんだが」
うん、とアルフは頷く。
リオンはじっとアルフの目を見つめたまま、言葉を続ける。
「どうして騎士になりたいのか、聞いてもいいか?」
どんな話かと思えばそんなことか、とアルフは目を瞬かせた。
「エトランドに訊いたが、お前がなりたいと言ったからだと、理由を聞いていないようだからな」
(あれ、そうだったけか?)
声を失ってからのことを思い出す。
父にも、母にも、伯父である王にも、師であるヴィレクにも。
そういえば、詳しい理由を誰にも言っていない気がする。
『外聞のため、です』
「外聞?」
アルフから返ってきた予想外の答えに、リオンは首をかしげる。
『継承権の放棄は俺が望んだ事だし、愛されてることもわかってる。でもそう見ないヒトはたくさんいるし、わかってて悪く言うヒトもいる』
「あー、アートライド家を敵視してる奴は沢山いるからなぁ。大抵は見当違いの権力争いだが」
アートライド家は、王家と血が近すぎるのだ。
リオンの祖父が当時の王で、リオンの妻はその姉の末裔になる。
現在の王、ナサナエルの母とリオンの妻は姉妹になるので、エトランドとナサナエルは血筋としては大して優劣がない。
それゆえに、エトランドを擁立しようという一派が確かに存在するのだ。
シグサイ王家とアートライド公爵家の仲は良好であるし、ナサナエルが愚王というわけでもない。
賢王だろうと、反発する連中はいるのだ。主に、悪事の甘い汁を吸うのが好きな連中だが。
そういう連中は、今の宮廷では肩身の狭い思いをしている。現在はそういう行為をしていないため証拠が無く、完全に排除できないのが辛いところだ。
捕まると解っていて悪事を働くほど、連中もバカではないのだ。
しかし、仮にナサナエルを廃したところでエトランドがその後に起つつもりがあるはずもなく、エトランドに敵認定されて始末され、無駄骨どころか完全にマイナスなのだが、そんなことも解らない、リオンには理解しがたい存在だ。
そういう連中だけでも面倒なのに、自称エトランド派に対立してナサナエル派という連中が、アートライド家を敵視してくるのだ。
エトランドをはじめアートライド家に簒奪の意は全く無いし、ナサナエルもその家族も、そんな心配は全くしていない。
完全に、周囲だけが無駄な疑心暗鬼に陥っているのだ。
そもそもアルフが公爵家の継承権を放棄しようと決めたのは、そういう連中のせいだ。
あの連中がいなければ、何もこの歳でそんな真似はしなかった。声を失った身なれど、公爵家の継嗣として努力した。
しかしアルフは、連中にこんなわかりやすい攻撃対象を与えたくはなかったので、継承権の放棄を決めた。
だが、それだけでは不十分なのだ。
口さがない者達が、噂を立てるだろう。
アートライド公爵家は、長男が声を失ったため継承権を剥奪し、別の後継者をつくった、と。
それだけは我慢ならない。
だからアルフは考えた。
そしてその結論が、騎士になることだった。
『継承権がなくても、家族仲がいいことを周囲に示したい。多分、叙任されても任地は王都――というか、所属は近衛になると思う』
「ああ、わざわざ副団長を寄越すくらいだから、陛下はそのつもりなんだろうな」
『それなら家も近いし、頻繁に帰ってこれる。冒険者が悪いとは言わないけど、あんまり家に帰れないでしょう?』
「ま、まあ、そうだな」
確かに冒険者になれば、国中、時には国外にも遠出をする。そうすると、そうそう家に帰ることも出来ない。
リオンは、家に帰るつもりがそもそもないのだが。
『冒険者になってあちこちふらふらしてたら、家から追い出されたとか噂を流されると思う。だから、騎士にした』
「………………」
アルフの答えに、リオンは渋面をつくる。
あー、うー、と唸り、はあ、とため息をついた。
「俺のせいだな」
「?」
やがてポツリと言ったリオンに、アルフは意味が解らず首を傾げた。
「俺のときにも、当然だがあったんだ、アートライドを担ぎ上げようとする連中と、それに反発する連中との対立。けど俺は、それをどうにかするのが面倒で面倒で、全部放り投げた。放り投げたまんま、早々にエトランドに爵位を譲った。……ちゃんと、面倒がらずに、俺がけりを付けておくべきだったんだな」
ちがう、とアルフは否定するが、俯いて過去の己を悔いるリオンにそれは伝わらない。
どうしたものかとアルフが困っていると、静かに書斎の扉が開いた。
「何を弱気になっているんですか、父上らしくもない」
「……エトランドか」
エトランドの呆れた声に、リオンはようやく顔を上げた。しかしその顔色はすぐれない。
「別に、連中を黙らせるのは今からだって遅くないんですよ。私だって、面倒だから政治に関わらずに国境の警備だけしてたんです。父上と同罪ですよ」
「――む。そういえば、そうかも知れんな」
(いや、それは流石に切り替え早過ぎないか?)
内心ツッコミを入れるアルフをよそに、リオンはあっという間に元気になった。
「そうだな、うん。安心しろ、ちびすけ。すぐに王宮の風通しをよくしてやるからな」
(いや、まあ、それでいいならいいんだけど?継承権は放棄済みだから、騎士になるのは変わらないよ?)
リオンはグッとアルフに向かって親指を立ててみせ、エトランドを連れて意気揚々と書斎を出て行く。
アルフは呆気にとられて、かろうじて手を振ってその背中を見送った。




