15. 噂の祖父
「今帰ったぞ息子よ!そしてその嫁と孫よ!」
背後にバーン!と擬音語が見えるような勢いで開かれた扉から、男が一人入ってきた。
エトランドによく似たその男はエトランドの兄弟のように見えたが、先程男が言い放った言葉からすると、この男が先程話に出てきたアルフの祖父らしい。
「父上、食堂なんですからもっと静かに入ってきてください」
「あら、お久し振りですお義父様。今丁度、お義父様のことを話していた所だったんですよ」
苦い顔で苦言を呈するエトランドと、和やかに挨拶をするマーリア。
対称的な反応を気にもとめず、アルフの祖父は笑う。
「はっはっは。細かい事は気にするな、息子よ。禿げるぞ?」
「禿げません!!」
エトランドの渋面が、眉間のしわを深くする。
「で、それが孫か」
エトランドが不機嫌なのにまったく構わず、アルフに目を向ける。
食堂の椅子は六歳のアルフにはまだ大きく、一人で降りる事は、出来なくはないが少々行儀が悪いことになる。
仕方がないので椅子の上で頭を下げて挨拶する。
「うむ、俺はシュヴァリオンだ。シュヴァリオン・アハト・ミクシエド・シグサイ・アートライド。そこのエトランドの父親だから、お前の祖父だ」
大きなテーブルに余っている椅子をアルフのすぐ横まで寄せて、そこに座る。
「うーむ。俺は確かにお前の祖父だが、老化が始まる気配はまるでないしなぁ。この外見で爺呼ばわりされるのも何か嫌だしな。うん。リオンと呼ぶがいい」
「何が嫌ですか。父上の年なら孫どころか曾孫だっていてもおかしくないでしょうに。知ってますよ?父上の幼馴染のコートラン卿、先日曾孫が生まれたそうですね」
「あ?何でお前がそんな事知ってんだよ」
「手紙が来ましたからね。宛先がアートライド家当主となっていたので私が読みました。どうせ父上は家に寄り付かないのが分かっているからでしょう」
「あいつめ。生意気な」
チッと舌打ちをする祖父、リオン。
「父上。アルフの前で舌打ちはやめてください」
「はいはい、口うるさいのは母親似か?まったく。――で?何でこの孫は喋らねえんだ?」
つん、とアルフの額をつつくリオン。
「――アルフはもう、喋れません」
「あ?」
「去年の流行り病の後遺症です」
アルフの身に起きたことについて話を聞いて、リオンは真剣な顔で考え込む。
「………その、切除した声帯?保管してあんのか?」
リオンはエトランドに訊いたが、動いたのはアルフだった。
リオンに向かって、手のひらを上にして手を差し出す。
手のひらの上の空間が揺らいで、小さな瓶が現れた。
小瓶の中には、小さな赤黒い塊があった。
リオンはアルフの滑らかな魔術の発動に感心しつつ、小瓶を手にとって中を凝視する。
空間属性による亜空間倉庫は、生き物を入れることは出来ないが、入れたものの状態をそのままに保つことが出来る。
生物を入れても腐らないし、温かいものを入れても冷める事はない。
だからこの声帯は、アルフの喉から切り取られ、保存されたときのままの状態だ。
リオンは瓶の中身に対して精査魔術を使う。
「………。確かに、これは死んでいるな」
亜空間に入れられたから死んでいる、というわけではない。
切断されたばかりの腕を亜空間に入れることは可能だし、その後、治療術によって繋げる事も出来るし、その後の機能に何の問題もない。
つまりその場合、腕の細胞はまだ生きているということだから、どうして亜空間に入れられるのかアルフには解らないが、“ヒト”という生き物ではなくその“パーツ”という認識になるのなら、亜空間に入るのも納得できる。
しかしアルフの声帯は、アルフの体内にあるときから既に死んでいた。
もうどうしようもないことは、アルフ自身がよく知っていた。
「マジかよ……俺一度も声聞いてねえのに……」
目の前でしょんぼりと肩を落とす外見はとても若い祖父に、アルフは思わず手を伸ばして頭を撫でていた。
大丈夫、という思いを込めて笑ってみせ、側についている給侍に合図をして、食器を避けてもらった。
懐から紙とペンを取りだし、考えながらメモを取る。
亜空間から別の紙を取りだし、内容を確認しながら書き連ねる。
何度か試したことはあるから、文章を変えるだけでそんなに時間はかからない。
「おい、エトランド。何だこれは?」
「アルフは、魔術陣を使うんです」
「魔術陣?あの廃れた?」
「無詠唱でもまったく問題ありませんが、魔術陣があると便利なんだそうです」
「ふぅん?」
二人が話している間に陣の組み立てを終えたアルフは、描いた陣に魔力を通した。
術の発動に気づいた二人は、会話をやめてアルフを見る。
「初めまして、お祖父様。アルフレッド・ウィルト・エクス・シグサイ・アートライドです」
両親に祖父、それに食事の世話をしていた使用人たちが、ポカンとした顔でアルフを見た。




