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異国のカフェで、壊れかけた私を拾ったのは無愛想な菓子職人でした  作者: 深町 灯


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48話 雨上がりのベンチ

 翌日。


 朝から雨が降っていた。


 窓ガラスを伝う雫を見ながら、私はぼんやりコーヒーを飲む。


 こんな日は、なぜか考え事が増える。


 昨夜のこともそうだった。


 結局、言えなかった。


 言うつもりだったのに。


 悠真さんの顔を見た瞬間、全部どこかへ飛んでいってしまった。


「情けないな……」


 小さく呟く。


 するとスマホが震えた。


 母からだった。


『桜、散り始めたよ』


 写真付きのメッセージ。


 薄いピンクの花びらが歩道に積もっている。


 春は短い。


 毎年そう思う。


 だからこそ、人は桜を特別に感じるのかもしれない。


 午後になると雨は止んだ。


 私は一人でライン川沿いを歩く。


 濡れた石畳。


 雨上がりの匂い。


 少しひんやりした空気。


 歩いていると、見慣れた後ろ姿が見えた。


 ベンチに座る悠真さんだった。


「何してるの?」


 声をかけると、彼は振り返る。


「休憩」


「一人で?」


「うん」


 私は隣へ座った。


 少しだけ距離を空けて。


 川面が静かに揺れている。


 しばらく二人とも何も話さなかった。


 それでも不思議と落ち着く。


「雨、好き?」


 悠真さんが聞いた。


「昔は嫌いだった」


「今は?」


「嫌いじゃない」


 私は空を見上げる。


 雲の隙間から光が差していた。


「ドイツ来てからかな」


「変わったな」


「そう?」


「前より色んなもの楽しんでる」


 私は少し笑った。


 確かにそうかもしれない。


 以前は余裕がなかった。


 生きるだけで精一杯だった。


 でも今は。


 空を見たり。


 季節を感じたり。


 そんなことができる。


「ねぇ」


 私が呼ぶ。


「ん?」


 悠真さんがこちらを見る。


 その横顔に胸が痛くなる。


 好きだ。


 やっぱり好きだ。


 言わなきゃ。


 そう思うのに。


 また言葉が出てこない。


「……ありがとう」


 結局、出てきたのはそれだった。


 悠真さんが少し驚く。


「急に?」


「うん」


「何の?」


 私は笑う。


「全部」


 彼は困ったように笑った。


「それ雑すぎる」


「そうかも」


 でも本心だった。


 この街で出会えたこと。


 支えてもらったこと。


 一緒に笑ったこと。


 全部。


 感謝していた。


 風が吹く。


 木々が揺れる。


 そしてその時。


 悠真さんが小さく言った。


「俺も感謝してる」


 私は顔を上げる。


 彼は川を見たままだった。


「ユヅキが来てから、家が明るくなった」


 胸がぎゅっと締め付けられる。


 言葉にならない。


 ただ。


 もうすぐだと思った。


 本当に伝える日は。


 きっと、もうすぐそこまで来ていた。

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