47話 伝えたいこと
四月も半ばを過ぎた。
街の木々はすっかり緑に変わり、厚手のコートはクローゼットの奥へしまわれていた。
その日の朝。
私は珍しく早く目が覚めた。
カーテンの隙間から差し込む光が明るい。
キッチンへ行くと、悠真さんがコーヒーを淹れていた。
「おはよう」
「おはよう」
いつものやり取り。
いつもの朝。
でも、私の胸の中だけが落ち着かなかった。
最近ずっと考えていることがある。
伝えるべきか。
このままでいるべきか。
答えはなかなか出なかった。
けれど。
来年の夏には日本へ帰る。
時間は無限じゃない。
「どうした?」
悠真さんが不思議そうに聞く。
「え?」
「今日、変」
また見抜かれた。
私は苦笑する。
「そんなに分かる?」
「かなり」
「困ったな」
彼はマグカップを差し出した。
「飲む?」
「ありがとう」
温かいカップを受け取る。
指先が少し震えている気がした。
たぶん緊張している。
自分でも笑ってしまうくらい。
その日の午後。
私はライン川沿いを一人で歩いていた。
風が気持ちいい。
川面には春の日差しが反射している。
歩きながら、何度も自分に問いかける。
もし伝えて。
関係が変わったら?
気まずくなったら?
離れてしまったら?
怖い。
本当に怖い。
でも。
何も言わないまま帰国したら、きっともっと後悔する。
私は立ち止まり、空を見上げた。
青空だった。
ドイツへ来たばかりの頃の自分なら想像できなかったくらい、穏やかな気持ちだった。
帰宅すると、悠真さんはリビングで本を読んでいた。
「おかえり」
「ただいま」
私はコートを脱ぐ。
心臓がうるさい。
でも逃げたくなかった。
「悠真さん」
「ん?」
彼が顔を上げる。
その瞬間。
言葉が喉まで来て止まった。
好き。
たったそれだけなのに。
どうしてこんなに難しいんだろう。
「どうした?」
優しい声。
私は思わず笑ってしまった。
「いや……」
「何?」
「今じゃないや」
悠真さんは少し首を傾げた。
でも追及しなかった。
「変な人」
「知ってる」
私は笑う。
まだ言えなかった。
だけど。
もう逃げない。
そう決めた。
伝える日は、きっと近い。




