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異国のカフェで、壊れかけた私を拾ったのは無愛想な菓子職人でした  作者: 深町 灯


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46話 桜の写真

 四月の初め。


 日本では桜が満開になったらしい。


 朝、母から送られてきた写真を見て、私は思わず足を止めた。


 川沿いに続く桜並木。


 淡いピンク色。


 青い空。


 懐かしい景色だった。


「きれい……」


 スマホを見ながら小さく呟く。


 日本を離れてから、季節の感じ方が少し変わった。


 春になれば桜を見るものだと思っていたのに。


 今は桜がなくても春を感じる。


 それでも。


 やっぱり少し恋しくなる。


 その日の夕方。


 私はカフェの仕事を終えて帰宅した。


 キッチンにはコーヒーの香り。


 悠真さんがテーブルで何か読んでいた。


「おかえり」


「ただいま」


 最近、そのやり取りが自然になっている。


 最初は他人だったはずなのに。


 今はもう日常の一部だった。


「見て」


 私はスマホを差し出す。


 母から届いた桜の写真。


 悠真さんは画面を見て、


「きれいだな」


 と素直に言った。


「日本帰りたくなった?」


「少しだけ」


 私は椅子へ座る。


「でも不思議なんだよね」


「何が?」


「前だったら、この写真見たら泣きそうになってたと思う」


 ホームシック。


 孤独。


 不安。


 そういうものに押し潰されそうだった頃。


 でも今は違う。


「帰りたい、じゃなくて」


 私は写真を見つめる。


「帰る場所があるって思える」


 悠真さんが静かにこちらを見た。


「いいことじゃん」


「うん」


 私は頷く。


 日本にも居場所がある。


 そして今は、この街にも居場所がある。


 どちらか一つじゃなくていい。


 そう思えるようになった。


 窓の外では夕日が街を染めていた。


 春の光は冬よりも少し明るい。


 その時。


 スマホが震えた。


 颯真からだった。


『元気?』


 短いメッセージ。


 私は少しだけ画面を見つめる。


 昔なら、心が大きく揺れていたかもしれない。


 でも今は違った。


 懐かしい。


 それだけだった。


「返信するの?」


 悠真さんが聞く。


 私は少し考えてから首を振った。


「あとでいいかな」


「そっか」


 その返事を聞いた瞬間、自分でも気づいた。


 私はもう、過去を追いかけていない。


 前を向いている。


 ゆっくりだけど。


 確実に。


 窓から差し込む夕日が、テーブルの上に長い影を落としていた。


 新しい季節は、静かに進んでいく。

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