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異国のカフェで、壊れかけた私を拾ったのは無愛想な菓子職人でした  作者: 深町 灯


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43/50

43話 閉店前の灯り

 夕方六時過ぎ。


 雨はようやく止み、濡れた石畳が街灯をぼんやり映していた。


 ユヅキはスーパーの紙袋を抱えながら、ゆっくり坂道を歩く。


 牛乳、卵、ヨーグルト。


 それから、娘が好きなチョコレートビスケット。


 いつもの買い物。


 いつもの帰り道。


 なのに今日は、妙に心が落ち着かなかった。


『向いてない人は、そんなふうに悩まない』


 昼間の颯真の言葉が、何度も頭に浮かぶ。


 思い出すたび、胸の奥が少しだけ熱くなった。


 ——ずるい。


 本当に、ずるいと思う。


 慰めるでもなく、励ましすぎるでもなく、ただ静かに言葉を置いていく。


 だから余計に残るのだ。


 アパートの階段を上がり、鍵を開ける。


「ただいま」


「おかえりー!」


 娘の声が、すぐ奥から返ってきた。


 その瞬間、ふっと気持ちが緩む。


 リビングでは、宿題を広げたまま娘がソファに寝転がっていた。


「ちゃんとやってる?」


「今やろうと思ってた」


「それ絶対やってない人の台詞」


「バレた?」


 ケラケラ笑う娘に、ユヅキも思わず笑ってしまう。


 こういう時間があるから、自分は立っていられるのかもしれない。


「今日ね、算数で褒められた」


「すごいじゃん」


「でも漢字テスト微妙だった」


「じゃああとで一緒に見よっか」


「うん」


 娘は嬉しそうに頷いた。


 その顔を見ながら、ユヅキは胸の奥で小さく息をつく。


 守りたい。


 この子の安心できる場所でいたい。


 それだけは、ずっと変わらない。


 夕飯の支度を始める。


 フライパンにバターを落とす音。


 じゅわっと広がる匂い。


 小さな生活音が、部屋を温かく満たしていく。


 その時、テーブルの上のスマホが震えた。


 画面には、颯真。


 ユヅキの手が止まる。


『今日はありがと』


 たったそれだけ。


 なのに、なぜか心臓がうるさい。


 少し迷ってから、ユヅキは返信を打つ。


『こちらこそ』


 送信した瞬間、すぐ既読がついた。


 早。


 思わず苦笑する。


 すると次のメッセージが届いた。


『今度は晴れの日に』


 その一文を見た瞬間、胸が小さく揺れた。


 今度。


 その言葉が、思った以上に嬉しい。


「ママ?」


 娘の声に、ユヅキは慌ててスマホを伏せた。


「ん?」


「なんか今日機嫌いい」


「え、そう?」


「ちょっとだけ」


 にやっと笑う娘に、ユヅキは困ったように笑い返す。


「気のせい」


「ふーん」


 絶対信じていない顔だった。


 夜七時半。


 窓の外では、雲の切れ間から薄い夕焼けが覗いていた。


 雨上がりの空気は少し冷たい。


 それでも今日は、不思議と悪くなかった。

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