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異国のカフェで、壊れかけた私を拾ったのは無愛想な菓子職人でした  作者: 深町 灯


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42/50

42話 午後三時のカフェ

 待ち合わせのカフェは、駅から少し離れた静かな通りにあった。


 雨はまだ降り続いている。


 ガラス窓に細かな水滴が広がり、店内の灯りをぼんやり滲ませていた。


 ユヅキは濡れた傘を畳みながら、小さく息を吐く。


 来なければよかったかもしれない。


 店へ入る直前まで、そう思っていた。


 ただコーヒーを飲むだけ。


 一時間だけ。


 そう自分に言い聞かせていたのに、胸の奥は落ち着かなかった。


「こっち」


 低い声が聞こえる。


 窓際の席で、颯真が片手を上げていた。


 グレーのニットに黒い腕時計。


 何気ない格好なのに、なぜか目を引く。


「待った?」


「五分くらい」


「それ待ってるじゃん」


「まあな」


 颯真は少し笑った。


 ユヅキは向かいの席へ座り、濡れた髪をそっと耳にかける。


「寒そう」


「今日はちょっと冷えるね」


「ホットにしとけばよかったな」


「勝手に頼んだの?」


「来ると思ったから」


 テーブルには、すでにカフェラテが置かれていた。


 細かなラテアート。


 そのさりげなさが、妙に颯真らしい。


「……ありがとう」


 小さく礼を言うと、颯真は「どういたしまして」とだけ返した。


 沈黙が落ちる。


 でも不思議と気まずくはない。


 店内には静かなジャズが流れていて、コーヒーを淹れる音が遠く聞こえる。


「最近どう?」


 先に口を開いたのは颯真だった。


「普通かな」


「普通って顔じゃない」


「え?」


「疲れてる」


 即答だった。


 ユヅキは思わず苦笑する。


「そんなわかりやすい?」


「わかる」


 颯真はコーヒーカップに視線を落としたまま続けた。


「ちゃんと寝れてる?」


「……まあまあ」


「それ寝れてない人の答え」


「看護師時代から、わりとこんな感じ」


 何気なく言ったつもりだった。


 けれど、颯真の表情が少しだけ曇る。


「まだ引きずってる?」


 その言葉に、ユヅキは返事ができなかった。


 忘れたと思っていた。


 もう終わったことだと、自分に言い聞かせていた。


 でも、本当は違う。


 怒鳴られた声も。


 失敗した日の帰り道も。


 自分だけ置いていかれる感覚も。


 全部、まだ身体の奥に残っている。


「……向いてなかったのかなって、今でも思う時ある」


 気づけば、そう漏れていた。


 窓の外では雨が静かに揺れている。


 颯真はすぐには答えなかった。


 しばらくしてから、低い声で言う。


「向いてない人は、そんなふうに悩まない」


 ユヅキは顔を上げる。


 颯真は真っ直ぐこちらを見ていた。


「本当に無責任なやつって、自分が悪いとも思わないから」


「……」


「ユヅキは、ちゃんと向き合ってたんだろ」


 胸の奥が、少しだけ熱くなる。


 優しい言葉だった。


 でもそれ以上に、勝手に決めつける慰めじゃないところが、苦しかった。


 颯真は時々、驚くほど静かに核心へ触れてくる。


「……なんか」


「ん?」


「そういう言い方、ずるい」


「何が」


「普通に刺さる」


 そう言うと、颯真は小さく笑った。


 ユヅキはラテへ視線を落とす。


 白い泡が少し崩れていた。


 外の雨はまだ止まない。


 でもさっきまで感じていた冷たさは、少しだけ薄れていた。

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