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異国のカフェで、壊れかけた私を拾ったのは無愛想な菓子職人でした  作者: 深町 灯


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26話 既読

 仕事が終わる頃には、外はもう暗くなっていた。


 ドイツの冬の夕方は早い。


 まだ十八時なのに、夜みたいな空だった。


「お疲れさま」


 リサが手を振る。


「お疲れ」


 私はマフラーを巻きながら店を出た。


 冷たい風。


 吐く息が白い。


 でも今日は、寒さより胸のざわつきの方が強かった。


 颯真からのメッセージ。


『来月、ドイツ行くかもしれない』


 あの一文が、ずっと頭から離れない。


 私は駅へ向かいながらスマホを開いた。


 トーク画面。


 最後のやり取りは、半年以上前だった。


 帰国前。


 曖昧なまま終わった会話。


 結局、ちゃんと終われなかった。


 だから余計に、残ってしまったのかもしれない。


 私は小さく息を吐く。


 返信、どうしよう。


 無視するのも変だ。


 でも期待させるようなのも違う。


 しばらく悩んで、短く打った。


『まだドイツだよ』


 送信。


 数秒後。


 既読。


 早い。


 胸がどくりと鳴る。


『そっか。

 元気そうでよかった』


 その文章を見た瞬間。


 懐かしい、と思った。


 颯真は昔からこうだった。


 優しい。


 でも近づきすぎない。


 だから私はずっと、彼の気持ちが分からなかった。


 ホームへ降りる階段を歩きながら、私はぼんやり考える。


 もしあの時。


 ちゃんと気持ちを聞いていたら。


 何か違ったんだろうか。


「……いや」


 私は小さく首を振った。


 今さらだ。


 そう思った、その時。


『会えたりする?』


 また通知。


 足が止まる。


 電車の風が吹き抜ける。


 私は画面を見つめたまま動けなかった。


 会いたい?


 ……分からない。


 でも。


 会ったら何かが変わってしまう気がした。


「危ないよ」


 低い声。


 顔を上げると、悠真さんがいた。


「えっ」


「ホームの真ん中立ってる」


 私は慌てて下がった。


「ご、ごめん」


 なんでいるの。


 という顔をしたら、彼が少し笑う。


「買い出し帰り」


 見ると、コンビニ袋を持っていた。


「ユヅキこそ、ぼーっとしすぎ」


「……してた」


 スマホを握る手に力が入る。


 悠真さんの視線が、ちらりとそこへ向いた。


「まだ悩んでる?」


「え」


「さっきの人」


 胸が跳ねる。


 私は反射的に目を逸らした。


「……まぁ、ちょっと」


 すると悠真さんは何も聞かなかった。


 普通なら、

“誰?”

“男?”

“元彼?”

って聞くのかもしれない。


 でも彼は違う。


 聞かない。


 踏み込まない。


 その優しさが、今は少しだけ苦しかった。


 電車がホームへ滑り込んでくる。


 冷たい風。


 開いたドア。


「乗るよ」


 悠真さんが言う。


 私は小さく頷いて、隣へ並んだ。


 その距離が今日は妙に遠く感じた。

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