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異国のカフェで、壊れかけた私を拾ったのは無愛想な菓子職人でした  作者: 深町 灯


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17話 「知らなかった顔」

 颯真さんは、しばらくスマホを見つめたままだった。


 店内にはコーヒーマシンの音だけが響く。


「……出なくていいんですか?」


 気づけば、私はそう聞いていた。


 颯真さんは小さく息を吐く。


「あとで折り返す」


 その声は、少しだけ疲れていた。


 私はそれ以上聞けなかった。


 聞いてはいけない気がした。


 “元妻”。


 その言葉だけが頭に残る。


 離婚してるんだ。


 私は今さらみたいに思う。


 指輪をしていないことにも、生活感の薄い部屋の話にも、どこか納得がいった。


 でも同時に。


 知らなかった顔を見てしまった気がして、胸が落ち着かない。


「……甘いもの食べる?」


 空気を変えるみたいに、颯真さんが言った。


「え?」


「試作失敗したやつ」


「失敗なんですか?」


「クリーム柔らかすぎた」


 そう言って出してくれたのは、小さなモンブランだった。


 一口食べる。


「全然失敗じゃないです」


「優しい採点だなぁ」


「ほんとですって」


 笑い合う。


 その空気に、少しだけ安心する。


 けれど私は気づいてしまう。


 ――知りたい。


 颯真さんのことをもっと。


 どうして離婚したのか。

 なぜドイツにいるのか。

 どうして時々、あんな寂しそうな顔をするのか。


 でも。


 知れば知るほど戻れなくなる気もした。


 店を出る頃には、外はもう暗かった。


 冬の夕方は早い。


「送ろうか?」


「大丈夫です、近いので」


「そっか」


 店の前で少しだけ沈黙が落ちる。


 私はマフラーを巻き直した。


「今日はありがとうございました」


「こちらこそ」


 その時。


 颯真さんがふいに言う。


「祐月さん、無理して笑う時あるよね」


 息が止まりそうになる。


 私は顔を上げられなかった。


「……そんなことないです」


「ある」


 静かな声だった。


 責めるでもなく、ただ気づいてしまったみたいな声。


 私はうまく笑えなくなる。


 冬の空気が冷たい。


 なのに胸の奥だけが熱かった。


「また来て」


 その一言が。


 どうしようもなく嬉しかった。

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